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An another tale of Z ATZ資料集(40)






〇〇九八年九月
ズム・シチ市 サハリン邸


イド3の建設一家であるサハリン家の邸宅は公王宮殿から五〇キロ離れた市の南側にある。シュバルツバルト自然公園の近くで、田園風景の広がる閑静な場所である。現当主の父リー・サハリンがジオン公国の建国時に建国の祖デギンの右腕として力があったため、侯爵家の地位が与えられ、ハマーンの外遊中は監国として国璽を預っていた。
「監国という地位は初めて聞いたのですが、これは皇太子とどう違うのでしょう?」
 夫であるシロー・アマダの招きで屋敷を訪れたギュンターの質問にサハリン侯爵夫人は口に手を当てて笑った。彼女は奔放な性格で、一〇代の時には軍の階級を持つ執事のノリスを連れて一年戦争に従軍したこともある。ザクのパイロットとしてそこそこの戦果も挙げたらしい。その後、オファキム女子大学を卒業し、戦争中に出会い相思相愛の仲となった地球連邦軍の士官シロー・アマダを地球から探し出して結婚した。このあたり、実はいろいろある。アイナはハマーンとは違う意味で聡明な、活発な女性である。侯爵夫人の隣にはやはりアマダに連れて来られたセイラもいる。
「ハマーンという女性は子供の頃から真面目でね、いろいろな本を読んでいた。」
 ギュンターの質問に、実は古代中国の制度らしいとアマダが答えた。皇宮警察総監の彼も知らなかったが、女帝が木星に出発する前に宮殿に彼らを夫婦共々呼び出し、宮殿の図書館で古文書を手に取った彼女自らが制度を説明し、訪問した彼らに同意を求めたという。
『摂政と違い、これは一時的なものだし、グレミーの地位とも並立しうる。トトはその、国事を任せるには不安があるのでな。』
 女帝はそう言い、カーン朝の事実上の皇太子はグレミーだが、彼より年長のサハリン侯爵夫人に不在中の国事代行を任せる旨を伝えた。なお、カーン朝には正式な皇太子は置かれておらず、法律上の資格者はマハラジャの養子で継承第一位のグレミーがいるのみである。
「と、いうわけで、陛下にはグレミーを廃する気はサラサラなかった。むしろ後継者として期待していた節さえある。ま、彼女も十分若いのだけどね。」
「ハマーンは子を産む気はないのかしら。」
 その説明にセイラが疑念を呈した。女帝が皇太子を産めば全て解決するではないか。その言葉にアイナが笑う。
「アルティシア、あなたは地球にいてジオンのお家騒動を知らないから、オホホホホ、、」
 そう言い、侯爵夫人は八歳年長のギュンターに話を促した。一年戦争の当時は彼女も一七歳で、当時二五歳のフリッツは通産省に勤務しており、彼は女子大に左遷されたマハラジャと交流があった。
「先の大戦では陛下は五歳でしたが、マハラジャ・カーンという人は戦前はリベラル官僚として知られていた人です。だから左遷されたのだし、左遷先も女子大だった。どうも我々には後年の独裁者の印象の方が強いのですが、元々彼はリベラリスト、戦前の主張は立憲君主主義でした。」


「その制度はミネバの時にはそれなりに機能していたわね。彼女は子供だったから。」
 アイナはそう言い、セイラに冷菓のライチを勧めた。
「デギン公王が死の直前にダルシア首相に共和制への移行を認めた勅書をしたためたことがそもそもの始まりなんです。」
 ギュンターが言った。
「私はホワイトベースの艦上で講和がジオン共和国との間で結ばれたと聞いた。でも、戻ってみたら公国が相変わらず存続していて、公王はミネバ、何でと思ったわ。」
 セイラが言った。そのあたりの事情は、実はいろいろある。実を言うと戦場から戻った将兵が納得しなかった。その代表、艦隊派のエアハルト提督と宮廷武官のクルト大将が結託し、クーデターを起こしてダルシア政権を打倒した。
「共和制を倒すため、彼らはソロモンから帰還したミネバ前公王を擁しました。デギン公王の共和制移行も勅令、地位を継承したミネバの詔書も勅令、効力が同じなら後法優先の原則で後の方が優先します。そういうわけで、彼らはデギンの勅書はミネバによって取り消され無効と強弁した。」
 ダルシアを倒した後、クルトとエアハルトは仲違いし、政争に敗れたクルトは木星に追われた。その際に多くの皇族華族が彼と共にジオンを離れている。
「ブルーノ(クルト)からは私も誘われましたけど、お断りしましたわ。」
 ジオンの社交界がそっくり移転したアイゼンブルクの街並みはまるで旧ジオンがそのまま移転したかのようだったという。現在では多くが帰国しているが、最盛期の同市は一〇〇万近い人口を誇っていた。帰国した元貴族に対して、マハラジャは華族編入を拒否した。そういうわけでジオンの皇族華族家は戦前は三〇〇家あったのが、現在は三七家に減少している。フリッツも実はセイラもその華族家の一員である。
「クルト大将の作戦が本国では大目に見られてきた理由の、それが事情だ。巻き添えになった同盟艦隊や自由コロニー同盟の船員には気の毒だが、大将は引き連れてきた皇族華族を養わなければいけなかった。」
 木星に追われたクルトはガニメデに小ジオンとも言うべき彼の帝国を築いていたことをアマダはセイラに話した。
「そして彼はカムバックを狙っていたのよね、木星には資源があった。だって有閑階級を二六三家も養えたんですもの。」
 冷菓を摘んだアイナが言った。
「実はそんなに多くなく、廃絶した家も多いから、実際にはその半分だけどね。」
 アマダが言った。クルトが正常化同盟にも資金提供をしていたことは想像に難くない。エアハルトと組んで対抗したマハラジャの政治が強権的になったのは当然と言えた。カムバックを狙う宮廷武官クルトの策謀は水面下で、そして隠微に進められた。
「それに対抗する唯一の手段が、彼にはザビの血を盛り立て守ることにあった。三七家しかないのだし、ジオンの上流階級では彼は少数派だ。クルトと木星対策は実は彼の政権の前半生だな。たぶんこれは本人の本当の思想信条とはだいぶ異なる。」
「そうなると、ハマーンの立場というのはどういうものなのかしら?」
(つづく)




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