◇MUDDY WALKERS
ガンダム精神世界探索
このイラストは、クワトロ・バジーナを描いたものです。以前、リンク用バナーの一部に用いていました。
昨年3月に発売された「別冊宝島 僕たちの好きなガンダム アムロVSシャア編」に、アムロとシャア、それぞれの恋愛遍歴をまとめたコラム「A HERO and his LOVERS」を寄稿させていただきました。
http://tkj.jp/book/book_20152101.html
この考察はなかなか面白かったのですが、紙面では文字数に制限もあり、あまり深く掘り下げることができなかったので、今回、アムロとシャアの「恋愛」をテーマに、その心理を追究してみようと思います。今回は、シャア・アズナブル編です。
ファーストのシャア・アズナブルは冷酷無比な戦略家、また過去を捨てた美形の貴公子として大変な人気を博しました。クールな言動、異名を轟かす最強パイロット、加えて無類の美形とくれば、人気者にならないほうが不思議です。当然ながら、ガンダム世界の中においても同様に、彼は多くの女性の目を惹き付けてやまなかったことでしょう。
イケメンであることは、まさに天性の恵み。男性が女性のルックスに惹かれるように、女性も男性のルックスに惹きつけられるのは当然のことです。そして男性にとってイケメンがオトクな点は、女性のハードルが、イケメンに対しては自然に下がってしまうというところにあります。女性の方が気のあるそぶりをみせたり、自分から積極的にアクションを起こしたりすることも少なくありません。そうなれば、特別な努力をしなくても、イケメンというだけで女性に気に入られ、女性の方が受け入れてくれるわけですからラクチンですよね。
シャアは、親友ガルマ・ザビがニューヤーク市長の娘、イセリナ・エッシェンバッハとの許されざる恋に身をやつす様子を見て「戦場でラブロマンスか」と鼻で嗤っていました。シャアに劣らず美形だったガルマがイセリナに熱を上げることになったのは、彼女がその身分ゆえにハードルの高い女で、そのために思わずチャレンジ精神を発揮してこの恋にのめり込む結果となってしまったということなのでしょうが、シャアの目には、恋とは、そして女とは少し本気を出せば簡単に手に入るもの、ゆえに、身をやつすほどの価値が見いだせないものと映っていたことでしょう。
さて、シャアにとって女性とは、簡単に手にはいるものだったのだろうと考えたわけですが、だからといって、シャアが恋愛に積極的であったとは限りません。彼の恋愛(らしきもの)がファーストで描かれたのは、ララァ・スンとの関係だけなので何とも言いようがありませんが、もし、それまでに彼が女性と付き合っていたとしてもそれほど深い関係にはならず、周囲から見れば「取っ替え引っ替え」のようなうらやましい状況になっていたことでしょう。
女性はコミュニケーションを好む生き物で、恋愛に人格的交流を求めるものですが、正体を隠し、打倒ザビ家のためにジオンに乗り込んできたシャアにとっては、女性が繰り出す疑問質問にいちいち答えたり、コミュニケーションを取ったりするのは厄介のタネとなります。そういうことにならないために、恐らく彼は早急に寝技に持ち込むという方法を取っていただろうということが考えられます。体の関係に持ち込めば、女性は彼から愛されていると錯覚し、女性がその幻想から冷めてきてあれこれ詮索し始める頃には彼の方も飽きてしまうので、さっさと音信不通になってしまえばいいのです。
こうなると、女性遍歴だけは華麗でも、実際には女性の心の機敏が分からない、底の浅い男になってしまいます。イケメンでありながら、どうも女運には欠けるように思えるシャア・アズナブルですが、実はこんな事情が暗い影を落としていたのかもしれません。現に、最初の恋人として描かれたララァ・スンとの関係で、彼はとてつもないダメージを受けてしまうことになるのです。
ララァ・スンの素性については、富野善幸氏が自身の小説でいろいろお書きになっているようですが、原作となるテレビ版では「みなしご」だったとしか言及されていません。2人の関係についても、明確な描写をされているわけではありませんが、シャアがララァと2人でいるときに、例のマスクをはずしていたり、その時の2人の会話の雰囲気(「白いモビルスーツが勝つわ」「ララァは賢いな…」)から推測するに、彼らは単なる上司と部下にとどまらず、体の関係が出来ていたと思われます。
ところで、シャアのように素性を隠している男というのは、人間関係のバリエーションが乏しくなります。幼なじみなどいるはずがないし(いたらいろいろと困る)、飲みに行くのも一人だし(ぐちの言い合える友人など必要なのです)、家族もいないし(妹のアルテイシアも「私は過去を捨てた男だ」と切り捨ててますよね)、必要なのは仕事上の関係と(それも自らの野望達成のためのコマにすぎない)、その他もろもろの欲求を満たすための存在です。そしてララァは、その2つの関係を同時に持てるという、シャアにとってはまことに都合の良い存在だったわけです。
ララァの方もそのように割り切った関係と受け止めてくれていたらそれで問題はなかったのですが、残念ながら彼女にとって、シャアはそんな簡単に割り切れるような存在ではありませんでした。戦場でアムロと邂逅を果たしたときの彼女のセリフ(何のために戦っているのか、という問いに対して…「私を救ってくれた人のために戦っているわ」)からも分かるように、命がけで守りたいほどの、彼女にとって彼がすべてという存在になっていたのです。シャアには“都合のいい女”のはずだったのに、実は“重くてたまらない女”になってしまった、というわけです。
シャアもさすがに、彼女のそうした心境をある程度分かってはいたでしょう。しかし、彼自身が見出したニュータイプの逸材ということもあり、つい、いつも女性にしている以上に彼女を甘やかし、心を許してしまった部分があったのかもしれません。そうだとしても、彼女はモビルアーマー・エルメスのパイロットで自分の部下でもあるので、ウザくなってきたからさっさと捨てるというわけにもいきません。シャアにとって、彼女との関係は人生において未知の領域に到達しようとしていました(といったって、まだたかだか20年の人生です。そう考えると、若いですね)。彼女はシャアにとってはじめて、本気の愛を試される存在となったのです。
ニュータイプ能力を発揮して、パイロットとしてシャアを凌駕するする力を示し始めたララァは、シャアとともに戦場でアムロと対峙するに至って、その本性を露わにします。アムロに対して言い放った言葉に、彼女のシャアに対する思いが表れています。
「シャアをいじめる、悪い人」
「シャアを傷つける、いけない人」
「あなたを倒さねば、シャアが死ぬ」
もやはシャアは自分を救って「くれた」男性ではなく、自分が守って「あげなければならない」男性となっているのです。完全に、自分の方が精神的に上位になってしまっていることがわかります。挙げ句の果てには、「大佐、どいてください、邪魔です」などと言われてまう始末です。誇り高きジオンのエースパイロットにとっては救いようのないほど自尊心を傷つけられる言葉ではなかったでしょうか。これではララァに「あなたにはアムロは倒せないわ」と言われているのと同じだからです。
その結果、ララァはシャアとアムロとの間で繰り広げられた死闘の中で、シャアの身を庇って死んでいくことになります。シャアはここで、2つの屈辱を味わいました。自分の女だったララァが、アムロとはニュータイプとして“わかりあえた”という屈辱(「ヤツとの戯れ言はやめろ」というセリフから、シャアが2人に嫉妬していた様子が伺いしれます)。そして、そんなララァから、あなたの力ではアムロは倒せないと思われて、彼女の助けがなければ勝利し得なかったという屈辱。
後年彼は「逆襲のシャア」において、アムロと最後の死闘を繰り広げる中で、ララァについて「私の母になってくれるかもしれなかった女性だ」と表現し、アムロをドン引きさせるとともに「マザコン疑惑」を浮上させることとなったのですが、このように、シャアとララァとの精神的な立場が上下入れ替わってしまった状態で、なおかつシャアがプライドを保持しつつ彼女に好意を持ち続けるとしたら、男性にとって自分より上位に立ち、自分を守ってくれても不思議ではない存在、すなわち“母”の位置にまで彼女を引き揚げるしかなかったのではないでしょうか。
MUDDY WALKERS◇