◇MUDDY WALKERS
ガンダム精神世界探索
ララァによって自らの数ヶ月にわたる戦いと成長の成果を全否定されてしまったアムロ・レイは、ファーストから7年後の世界を描いたZガンダムで再登場したときには、曲がりなりにもヒーローとして活躍していた頃の面影がまったくない、「自信がない」「やる気がない」「夢がない」の3拍子揃った自堕落な男になっていました。
そんな彼の前に現れるのがベルトーチカ・イルマという女性ですが、彼女のことを語る前に、まずハヤトと結婚したフラウについて述べておきましょう。
Zガンダムで登場したアムロは、閑職に追いやられて自堕落に暮らしています。そんな彼の豪邸を訪れるのが、ハヤトと結婚したフラウ・コバヤシです。前作をご覧になった視聴者なら、彼女がアムロに思いを寄せていたことはよく分かっているでしょう。そんな彼女が再び、ハヤトの元を離れてアムロを訪ねる…。果たして“復活愛”はあるのか!なんて期待してしまうシチュエーションなのですが、残念ながらそういうことは起こりませんでした。フラウがアムロに未練を残しているのかどうか、これは作品の描写だけでは分からないところですが、私はないと考えます。なぜなら、フラウはかつてガンダムに搭乗し、ホワイトベースのエースパイロットとして活躍していたアムロの姿を知っているからです。アムロは機械いじりの好きな内向的な少年でしたが、決して自虐的でも消極的でもなく、当初からピンチになれば何かとアイデアを出して危機を脱する方法を編み出したり、ブライトに作戦を提案したり、終盤ではモビルスーツ隊のリーダーシップを執る存在になっていました。フラウはもともとアムロに恋心を抱いていたわけではなく、最初に彼に助けられ、ホワイトベースでの活躍を見たからこそ意識するに至ったのだろうと思います。そういう、ある意味輝いていた頃のアムロを知っているフラウが、再び世界が戦争に向かって動き出そうとしている時に、のうのうと豪邸で自らの不遇をかこちながら自堕落に生きている彼を見て、再びときめきを覚える、なんていうことがあるでしょうか。少なくともフラウは、そういうアムロの姿を見て「ああ、やっぱり彼は、私がそばに居ないとダメなんだわ」と思うような依存的なところのない、健康的な女の子だったのです。ア・バオア・クーで聞いた「僕の好きなフラウ」というアムロの、行動をともなわない言葉に虚しい望みを置いて待ち続けるようなことをせずハヤトを選んだ時点で、もう未練はなかったでしょう。
フラウは子供たちを連れてアムロのもとを去っていくとき、アムロはそっとフラウの頬にキスします。このときはじめて、アムロはララァのほかにもう一つ、自分が手に入れ損なったものがあったことに気付いたのではないでしょうか。
さて、そこでベルトーチカ・イルマの登場です。カツの挑発に促されて、カラバの戦いに身を投じることを決意したアムロは、そこでベルトーチカ・イルマという雌豹のような女性に出会います。アムロの方は、クワトロ・バジーナと名乗っているけれどもどう見てもシャアということがバレバレの男に気を取られてそれどころではなかったのですが、ベルトーチカの方はかつての英雄の登場に興味津々。自分からアムロに声をかけ、何かとアムロを追いかけることとなります。しかしアムロの方はというと、ベルトーチカが男性の目を惹き付けるには十分すぎるルックスを持ち合わせているにも関わらず、さしたる関心も示していません。そんなことより、新たな戦いに向けて動き出しているハヤトやシャアの姿を目の当たりにして、7年間惰眠を貪りすっかり腑抜けになっている自分を認めたくない葛藤で心が占められていたように思われます。
そこでベルトーチカは捨て身の攻撃に出るわけです。アムロを奮い立たせるために、自らすすんで彼にキスをするのです。しかも「同情ならいい」と応えるアムロに対して「女の愛撫で男を奮い立たせることができるなら、女はそれをそれをするときもあるのよ」と下品極まりない表現でネタばれまでしてしまいます。落ちぶれたヒーローにある意味ふさわしい、あばずれなヒロインということになるのでしょうが、そんな彼女が公式に描かれたアムロの最初の恋人ということになってしまいました。
でも、ちょっと待ってください。この2人は本当に恋人だったと言えるのでしょうか。キスしてたんだから、そうじゃないのと思うのは早計です。キスしようがセックスしようが、恋をしていなければ恋人とはいえないでしょう。しかもです。ファーストではシャアと命がけの死闘を演じた末にさえ手に入れられなかったものが、Zになると、ほとんどまったく何の努力もせずに棚ぼた式に転がり込んできたのです。アムロはこれで、彼女に恋をしたでしょうか。いいえ、彼は「おいしい」思いをしただけです。
ベルトーチカは、自分がアムロを奮い立たせたと思い込んでいたことでしょう。そして、アムロをカミーユに替えてガンダムMk-IIのパイロットにさせてやろうと画策し始めます。悲しいかな、ベルトーチカがそうこうしている間、アムロは不貞腐れているだけで何の努力もしていません。もし本当にアムロが本気でベルトーチカに恋していたら、彼女が願っているように、彼女にふさわしい男になるために自力でカミーユを蹴落としてガンダムMk-IIのシートを手に入れようとしたでしょう。しかし、実際にはそういうことはなかったのです。ベルトーチカの意気込みとは裏腹に、彼女のしたことはアムロをスポイルしてしまったのではないでしょうか。
ここで「もし」のお話をしてみます。もし、ここでアムロの前に現われた金髪美女がベルトーチカではなくて、セイラさんだったら、どうでしょう。彼女は自信をなくして自虐的になっているアムロにキスしたり、慰めたりして奮い立たせようとはしないでしょう。ただ一言、こう言えばいいのです。
「あなたなら、できるわ」
ベルトーチカとは一応恋人同士という扱いになっていたようですが、上記のようなことを考えれば、Zののちの世界を描いた「逆襲のシャア」では影も形もなくなっていたとしても、何の不思議もありません。「逆襲のシャア」小説版ではアムロの恋人として登場していますが、案の定ぞんざいな扱いで、“都合のいい女”のポジションを不動のものにしています。
そんな小説の話はさておき、本筋である映画版「逆襲のシャア」では、新たにチェーン・アギという女性がアムロの横に寄り添っています。2人は上司と部下という関係で、チェーンはアムロとの関係について問いただしたクェス・パラヤに対して「尊敬する上官よ」と答えています。そんな優等生的回答にクェスがキレてしまうのは、単にそれだけの関係ではないと感じ取っていたからでしょう。言われてみれば、確かにプライベートタイムには手をつないだりしています。アムロを呼びに行った部屋の前で、待っている間に体を丸めてうとうとしてしまう様子が何とも愛らしく、彼女がアムロとの関係の中に安心できる居心地の良さを感じていることが伺い知れます。
けれども、なんだか決定打に欠けるのです。とりあえず今、居心地のいい関係というだけで終わっているんですよね。ケーラ・スゥの死という場面で、そのことが露わになってきます。ケーラの死を悼みながら、アムロはこんな決意を口にします。
「ヤツ(シャア)を仕留めなければ死にきれるもんじゃない…!」
アムロはここで、死を覚悟してシャアと戦う決意を語っているわけですが、それを聞いたチェーンはどうでしょうか。アムロには、自分との将来という人生を考える余地もないのだということが分かるだけ。女にとって、こんな悲しいことはないでしょう。
でも、その時の状況を考えれば、アムロが決死の覚悟をするのは男として当然じゃないか、と思うでしょうか? そこが、この作品のちょっとズレているところです。アムロは軍人で、一人で戦っているわけではないのだから、シャアを仕留めようが仕留めまいが、戦争に勝てばいいんです。そんな中で、シャアを死んでも仕留めなければ、と言い切るアムロの心中に何があるのか、チェーンが訝しく思ったとしても不思議はありません。思うに結局、ここで出てくるのがかつてのララァの因縁ということになります。もはやシャアを倒したところで何も手に入るわけではないのに、アムロは、かつて自分よりもシャアを選んで死んだ女への怨念に動かされて、この戦争を戦っているということです。夢の中に現われたララァに「シャアは否定しろ」と怒っていましたが、それは、実は生きていたときの彼女がシャアではなく自分を否定したことに対する怒りではなかったでしょうか。
このように、目の前にいる、自分を思っている女性のためではなく、もはや死んでしまってどうにもならない女性と、そんな女性に対するどうしようもない思いのために戦いに出てゆくアムロ。そんな彼が、出撃前にチェーンとかわすのが単なるおなざりのキスに見えてしまうのは、ある意味当然ではありませんか。
ファーストから逆シャアまでのアムロとヒロインたちとの関係とその心理について、ここまで語ってきました。こうして流れを追ってゆくと、「逆襲のシャア」におけるアムロの最後の戦いは、かつてシャア、そしてララァとの関係の中で傷つけられたプライドを取り戻すための戦いであったことが分かります。しかし、どんな過去があれ、もはや生きてはいない女性をめぐって罵り合う2人の男なんて、かっこ悪いったらありゃしないじゃないですか。そんなことのために戦争するな!って話です。
MUDDY WALKERS◇