MUDDY WALKERS 

モスキート・コースト THE MOSQUITO COAST

モスキート・コースト 1986年 アメリカ 119分

監督ピーター・ウィアー
脚本ポール・シュレイター

出演
ハリソン・フォード
リバー・フェニックス
ヘレン・ミレン
ジャドレーン・スティール

スト−リ−

 アリー・フォックス(ハリソン・フォード)は天才的な発明家でありながら頑固で人の話に耳を貸さない性格が災いしてか、農場主を相手に何でも屋のような仕事をしながら妻と4人の子供とともに細々と暮らしていた。管理社会を極端に嫌うアリーは環境を破壊し大量消費を続けるアメリカの行く末を憂い、ある日突然、家族とともに中米ホンジェラスのジャングル地帯にあるモスキート海岸への移住を決意。長男のチャーリー(リバー・フェニックス)、二男のジェリー(ジャドレーン・スティール)と双子の妹、そして妻を引き連れて、アメリカをあとにする。船旅では、同じくモスキート海岸で原住民にキリスト教伝道をしようとする宣教師一家と一緒になる。やがてモスキート海岸に着いたフォックス一家は、ジャングル奥地のジェロニモという村をドイツ人から買い、そこに村を開拓。アリーはジャングルを切り開いて、かつてからの夢だった巨大製氷機を製作する。「氷こそ文明だ」という彼は、製氷器でできた氷を原住民に見せて驚かせたかったのだ。ジャングルの村で自給自足の生活をスタートし順風満帆に見えたが、アリーは次第に落ち着きをなくしていく。もっと奥地の原住民に氷を見せようとし、いやがるチャーリーとジェリーたちを無理矢理駆り立てて山を越えていくが…。

レビュー

 すごい映画である。たしか村上春樹が絶賛していたのを何かで読んで、随分前にビデオで見たのだが、そのときは母と一緒に初めから終わりまで、あっけにとられていたという感じであった。とにかくハリソン・フォード演じるアリーという人物が、強烈なのだ。

 物語は彼の長男チャーリー(今は亡きリバー・フェニックスが好演!)の視点を通して語られてゆく。 アリーはハーヴァード大学を、教育を「得るために」退学したという、天才的な頭脳とひねくれた思想を持つ男である。そして何かあるとチャーリーに「おれはどうだ?」とたずねる。そのたびにチャーリーは「最高だよ」と答える。アリーは誰も考えつかないようなすばらしい発明をするのだ。だから、チャーリーは父親を尊敬している。しかし同時に、始終アメリカ社会を批判しつづける父親に対して、妄想に取り憑かれているのではないかという疑惑も持っている。父親を、愛しつつも恐れているのだ。

 アメリカでの生活を捨ててモスキート・コーストに移住を決めたとき、アリー以外の家族はみな、一様に静まりかえって複雑な表情を見せる。いつもこんなふうに、アリーの独りよがりな発想に引きずりまわされてきたのだろう。しかし彼らには、アリーに反対することは許されていないのだ。無理矢理楽観的になってアリーについていく家族たち。しかし到着した村はジャングルの奥地の何もない場所だった。愕然とする妻と子どもたちだが、それでもアリーの夢のために、彼らは堪え忍び、楽しく過ごすことのできる快適な住まいを創り上げていく。そして、ジャングルの中に「アメリカそのもの」の住まいが誕生するのだ。このあたり、実にシニカルである。アリーはアメリカを捨てるといいながら、まったく逆に、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフをジャングルに持ち込んでいるのだから。

 その象徴が、アリーが製作した巨大製氷機だろう。これは彼の発明品で、マッチで点火すると機械が作動して、氷ができるのである。火から氷ができる、これこそまさに文明だ、というわけだ。ジャングルの中にそびえる巨大な製氷機のショットはまるでピラミッドのように美しく、そして異様な雰囲気をもって私たちに何かを語りかけてくる。

 これまで「スターウォーズ」や「インディ・ジョーンズ」の爽やかなアクション・スターという印象しかなかったハリソン・フォードが一転、妄想に取り憑かれて頭のネジがぶっとんでしまったようなイカれ親父を熱演。その演技力に驚かされた作品である。そして特筆すべきはリバー・フェニックス。とにかく、素晴らしい。愛し、尊敬していた父をだんだん冷めた目で見るようになり、やがて殺意を抱くまでになる心の葛藤がひしひしと伝わってくる演技だった。

 この映画は、アメリカという国の抱える矛盾をアリーという人物に託してシニカルに描いた、文明批評的な側面を持っている。アリーは氷という文明の利器をもってジャングル奥地で自らの王国を築こうとした。しかし文明の象徴である巨大製氷機に3人の白人ゲリラを閉じこめて殺そうとしたとき、王国の崩壊がはじまる。巨大製氷機は爆発、アリーと家族たちが切り開いた村は吹っ飛び、川の水も汚染されてもはや住めなくなってしまう。まるで今と、これからのアメリカの未来を暗示しているようではないか。

評点 ★★★★★

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