MUDDY WALKERS 

エベレスト 死の彷徨 INTO THIN AIR DEATH OF EVEREST 

INTO THIN AIR 1997年 アメリカ 90分

監督ロバート・マコーウィッツ
脚本ジョン・クラカワー
原作ジョン・クラカワー
「空へーエヴェレストの悲劇はなぜ起きたか」

出演
ピーター・ホートン
クリストファー・マクドナルド
リチャード・ジェンキンス
ナット・パーカー ほか

スト−リ−

 1996年に起こったエベレスト大量遭難事故をドキュメンタリータッチで映画化した作品で、アメリカでテレビ映画として放映された。実際にこのパーティー でエベレストに登頂し遭難したフリーライター、ジョン・クラカワーを語り手に、商業登山として公募されたエベレスト登山隊2隊のリーダー、ロブとスコットが、参加した顧客の様々な要望に応えて名を挙げようとする中で振り回されるなどして、ついに遭難死に至るまでを描く。

レビュー

1996年に起こったエベレストでの大量遭難事故映画化した2015年制作の「エベレスト 3D」という映画について調べる中で、たまたまこの映画に行き当たったので鑑賞。素人にとっては「すごい登山家が登る世界一の高さの、普通の人には手の届かない山」というのがエベレストのイメージだが、1990年代 から、この世界一の山を登るガイドツアーが商業ベースで始まり、アマチュア登山家の遠征隊が公募で編成されるようになった。ただし参加料は高額で、映画冒頭では1人6万5000ドル(1ドル100円換算で、650万円)と紹介されている。1996年5月にこの公募の遠征隊に参加したジョン・クラカワーは、「エリート登山家の仕事ぶりをレポートするつもり」だった。しかし結果的に、大量遭難事故についてのドキュメンタリーを書くことになる。

  最初にスコット・フィッシャー、ロブ・ホールという二人の引率者(登山ガイド)、ツアー参加者として彼のほか難波康子(日本のビジネスウーマン、彼女の遭難死は当時日本でも大きく報じられた)、シアトルの郵便局員ダグ・ハンセン、ティム・マドソンとシャーロット・フォックス(アルペンスキーの指導者)、コロラドの歯科医デイル・クルーズ、ニューヨーク社交界の華サンディー・ピットマン(ファッションライターとして活躍)、テキサスの病理学者ベック・ウェザーズが紹介される。他にロブ・ホール隊にはマイク、アンディという二人のガイドとシェルパ頭のアン・ドルジェ、スコット隊にはアナトリ・ブグレーエフというカザフ人のガイドとシェルパ頭のロブサンがいる。実際の遠征隊メンバーはもっと多いが、映画で描かれているのはこれらの人々である。
  遠征隊はまず、ベースキャンプに3週間滞在し、平地よりも薄い空気に体を慣らす時間を持つ。そこから山頂までは5日間。第1キャンプは標高5850メートルで、映画では、この地点ですでに酸素が平地の3分の1であることが説明される。第2キャンプは6480メートル、脳浮腫、肺浮腫が起こりうる高度である。第3キャンプは7200メートル。通常の4倍の速さで呼吸しても酸素が足りない状態となり、消化機能が低下、エネルギーが消費される一方となることを、ガイドのロブが話す。最終キャンプは7800メートルの「デス・ゾーン」、ここから酸素ボンベを装着。真夜中に出発して頂上を目指す。登頂のタイムリミットは、午後2時。それより遅くなったら、たとえあと15メートルであっても引き返せ、というのがロブの指示であった。結果的にはこの指示をロブ自身さえ守ることができず、5人の死者を出すことになった。

 では、なぜ「午後2時までに登頂できなければ、引き返せ」という指示が守られなかったのだろうか。
  隊には3種類の人間がいる。「ガイド」と「シェルパ」、そして「客」。ガイドは客の要望に応えなければならず、シェルパはガイドに命令に従って客の荷物を運び、キャンプから先に行ってロープを張る。大変な仕事である。ファッションライターのサンディーがインターネットで現地から記事を送信するために、シェルパのロブサンはパラボラアンテナやコンピュータなど40キロ近い荷物を背負わされる。歯科医のデイルが高山病にかかり、ガイドのスコットは彼を降ろすためにキャンプを往復する。じわじわと、薄い空気が全員の体力を奪っていく。そして難関のヒラリーステップでシェルパはロープを張る仕事が出来なくなり、ガイド自ら行う羽目に。こうして時間が浪費され、下山用の酸素が足りなくなってゆくのである。

 高度8000メートルは「デス・ゾーン」、生物の生息できないエリアである。そんな中で酸素が欠乏し、体力を消耗しすぎて死の淵をさまようことになる遠征隊メンバー。寒さと息苦しさの中で錯乱してく恐怖のドラマに否が応でも引き込まれていく。責任感と人情が仇となって倒れてゆくガイド、弱った者を置き去りにせざるを得ない 過酷さ。「あれだけ金を出したのに」「あと数十メートルなんだから」「特別な存在になりたい」・・・むきだしの欲望に飲み込まれていくかのようなドラマに、ただただ息をのむばかりであった。

 全員が防寒服でゴーグル、酸素マスクという格好なので、一度見ただけでは誰が誰だかなかなか区別がつかないという難点もあるが、かなりの分量であろう原作をよく90分にまとめたものだと感心する。5人の死者のうち3人がガイドだったのは、彼らが「客」に対してよくも悪くも責任を果たそうとしたことの証だろう。それにしても、これを見て一番強く印象に残るのはシェルパのロブサンである。登山家のために荷を揚げ、ロープを張り、そして動けなくなった人を引っ張り上げる。しかも山頂から、別働隊の台湾人を降ろす役目もする。登山家 の野口健のインタビューに、「番組を作るとき、テレビはシェルパを移したがらない、シェルパが僕の荷物を運んでいるのが映ると、なんだよ、おまえよりシェルパの方がすごいよ、となる」とあった(http://www.ewoman.co.jp/winwin/59/1/16)。野口氏が認める通り、登山家を支えるシェルパこそ真の超人、英雄かもしれない。そんなことも含めて、なぜエベレストに登頂し、あるいは失敗しても生きて戻ってくることに価値があるのか、がよく分かる意義深い作品。

評点 ★★★★

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