Mobilesuit Gundam Magnificent Theaters 2005.

An another tale of Zeta・・・INTERVIEW


(インタビュー 2021/2/12)




機動戦士Zガンダム ハヤト・コバヤシさん
※本作の記述とは関係ありません。




はじめに

ハヤト: 皆さんこんにちは、カラバのハヤト・コバヤシです。ATZのインタビュアーを務めています。

小林: 作者の小林昭人です。



1.今日は本業の方で



小林: 早いもので作品の掲示を止めてはや2年になる。

ハヤト: このインタビューでは冒頭に「作者の~」と来ますが、現在では作品が読めない状態なわけで。

小林: 大きな作品を掲示する際にはプロバイダーの信頼性が重要だ。何せウチのような作品の場合は電凸とか削除要請とかがあるので、今は「さくらのインターネット」を間借りしているが、マーベリック法律事務所の一件で不合格だ。あの程度のメール、こちらに問い合わせずに自分で対処しろと。プライバシーと表現の自由とのバランスとか、ちゃんとした法務部なら私に相談するまでもなく結論を出せるはずだ。

ハヤト: あの件では事実上、アナタが対応を指図していましたね。私も変だと思ったのですが。

小林: これじゃ怖くて上げられない。で、もう一つの理由は10年ほど前から当サイトの閲覧者はスマホが50%以上になっていて、今では8割以上、現在のフォーマット、資料集に載せているのだ、ではスマホじゃ見にくく使いにくい。EPUBとかKindleとか電子ブックフォーマットで提供する必要があるな。

ハヤト: ま、電子ブックはウチでも使ってますがね。便利な半面、今までとはかなり違う部分もある。気軽に読めて続きものというと、やっぱり文体レイアウトなど工夫が必要でしょうね。

小林: 電子ブックは1ページが文庫本の三分の一だから、新書で300ページくらいの本でも千ページになるんだ。その上挿絵が付くと、文庫本そのままだと実に見にくい。だいたい拡大しないと分からないからな。その辺の工夫のない本が多すぎることはある。反面、当初から挿絵をあまり重視してないウチの様式では有利ということはある。

ハヤト: ATZは従来は1ページが文庫本4ページ分で、一話8ページ、15,000字が掲載の基準でした。パソコンでしたら一覧しやすく読みやすかったのですが、電子ブックだと1話100ページもありそうな感じですね。

小林: それが躊躇する理由でさ、気楽に読める長さは電子ブックでも30ページくらいだろう? 青空文庫のKindleで銭形平次捕物控が無料で上がっているが、「金色の処女」なんかが文学作品みたいになってる。本来はあんなもの、電車の中で着くまでに読むくらいのものだろう?

ハヤト: 今の所、公開されたのは改訂後では全52話です。それが150話になってしまう。

小林: 頭の痛い話だな。で、今の所特に再公開は考えてない。スマホ対応でないと公開しても意味ないからな。



2.作品論の衰退



小林: で、やっぱりスマホによるリテラシーの低下がいちばん大きいと思うが、作品についてあんまり批評とか載らなくなったな

ハヤト: つい先日終了した「麒麟が来る」なんか典型ですが、作る側もプロブロガーとか総動員して批評まで作ってしまうことがありますね。読んで納得できたらそれでOKと、別にコメントする必要ありませんしね。

小林: ある程度常識的な感性のある、普通の人の言葉というのは読めなくなって久しいな。なのでウチのインタビューも根強く引用され続けるのだが。大河はともかくガンダムなんか他に書く人いないしな。



3.麒麟が来る



ハヤト: 「光秀が生き残る」という歴史的ナンセンスも別に受け容れられましたしね。

小林: NHKは「北条時宗」で前科があるから。でも、ほとんどナレ死、ナレ戦のくせに、コロナ下で異様に盛り上がったこともあるが、普通だったら凡作だろうな。光秀は山崎の戦いで負けたあと、伏見の明智藪で討ち取られたというのが定説だが、その後さらし首になっているから、これで「生存説」と言われてもという感じだが。

ハヤト: 当時の一級資料の記載ですし、複数資料で記載がありますから、否定しようがないと思うのですがねえ。それで生き残らせたらSFになってしまう。

小林: 「100年前は霧の中」が座右の銘だけどさ、辻政信だってどうなったか今だに分からないじゃない。ビデオもスマホも写真もない時代の「一級資料」なんて過大評価しない方が良いかもよ。

ハヤト: 書いた人も公家とかで、実際に見たわけじゃありませんからね。

  武田勝頼と森長可

小林: 実は気になることがあったので少し調べたのだが、山崎の合戦以降の戦いで、処刑以外で遺体が残るような死に方をした戦国武将はほとんどいないんだよね。強いて言うなら国主級は武田勝頼が最後で、武将では小牧長久手の森長可が首を取られた最後になる。

ハヤト: それしかいないんですか?

小林: あとは爆死とか焼死とかDNA鑑定のない時代じゃ鑑別できないような死に方ばかりだ。これはやっぱ信長が範を示したと思うんだよね。関ケ原の大谷吉継も首は見つかっていないしな。

ハヤト: 森さんが最後と言いましたが、大阪の陣はありますね。塙団右衛門と真田幸村が討ち取られて首を取られています。

小林: うっかり忘れていたな。しかし、真田が討ち取られたのは小牧長久手から30年も後で、しかもこの戦いでも後藤又兵衛や明石全登、毛利勝永など真田以外の部将級の武将は生死不明でさらし首にもなってない。又兵衛などは黒田家の出身で、この辺あたりになると遺体の始末の方法につき、ある程度考えていたことはあるかもな。武将にとって遺体を晒されるほど屈辱的なことはないと思えるので。秀頼や淀殿は知っての通り。あと、真田は首は取られたがさらし首にはなってない。



ハヤト: 光秀さんの場合は直近で見ていた分、「この手があったか!」、と、閃いた所はあったかもしれませんね。自害したにせよ、その後燃やされて丸焦げになって「光秀です」とやられたら、顔を知っていても判別しようがない。現に信長も息子の信忠も遺体は見つかりませんでした。伽藍ごと焼け焦げてしまったからで。

小林: 農民の手で明智らしい首が届けられたとしても、損傷の度合いによってはさらし首にもできないことはありうる。「こりゃダメだ」となったら、適当な首と胴をつなげてハリツケとか、とにかく、「奴は死んだんだ」的な演出にこだわることになる。あと、徹底的な残党狩り

ハヤト: 明智一族は部下も含めて徹底的に討伐されていますが、話による人望のない人物でしたらそこまで必要なかったでしょうね。同じことは光秀も織田方にやってますが、これは遺体が確認できなかったことによる信長の生存を恐れてということがあります。首も取って胴体まで確保した敵将に対する残党追補のスタイルが同じというのは生存説を推測させますね。

小林: とはいうものの、光秀は生き残っても一族郎党ことごとく死に絶えたわけで、ただ、秀吉の側用人で生き延びた荒木村重の例があるから、あの頃の人はそういうことにはあまりこだわらなかったかもしれないな。天海はともかく、生き延びた可能性はあったんじゃないか?

 光秀が転生したという天海上人の鎧兜



閑話休題

ハヤト: 何か途中から大河ドラマの話になってしまいましたね。

小林: ある時期から、たぶん松永久秀の死あたりから、戦国武将の首級の価値が上がったことはあると思うんだ。それまではさ、かなり有力な武将でも戦に負けると首はしっかり取られたじゃない。どこから探してくるのか、おそらくは賞金に釣られた部下の手で自刃した後、切り取って持参するような。武田勝頼も朝倉義景もその式でしょ。それ以前の合戦も、それはそれで仕方なかった。

ハヤト: やっぱり、織田信長だと思うのですよ。参内したことで彼は朝廷からも普通の戦国大名より階位が上(右大臣)になったわけでしょ。それ以前は元々高い官位の将軍の後見役ですし、義昭を擁立したあたりから、彼の敵将に対する遺体の扱いが酷薄になったことはありますね。以前は首実検くらいだったのが晒し首とか獄門とか。

小林: あまり言う人はいないが、正戦意識がやっぱあったんだろうな。大名同士の小競り合いだったら敵将の死は確認するだけで良いが、朝廷を奉じた「正義の戦」ということになると、勝った証を衆目に示す必要がある。となると、武将の方も負けた後に自分の死骸がどうされるかをかなり真剣に考えただろうな。あの時代の気風でいうと、部下はあまり当てにならない



ハヤト: 白骨化してもハクダミとか信長の死体陵虐にはキリがありませんでしたからね。それを間近で見ていた織田軍の武将ならなおのこと。

小林: 城の方もかなり攻めにくくなっていた。戦国時代も末期になると、中規模の城でも正攻法では落ちなくなっていた。鉄砲が伝来したけれども、防御の方法もより以上に発達したわけで。大坂の陣以前では小田原攻めが最後の攻城戦だが、結局落ちなかったからな。

ハヤト: 朝鮮出兵の蔚山城の戦いなど見ても、日本式築城技術は朝鮮や明国相手でもかなり通用したようですね。明国はこれで傾きますが、甚大な損害の多くが攻城戦によるものです。向こうは戦国式日本城郭相手の戦いなんか経験ありませんからね。

小林: いくつも見たから分かるが、大陸式の城が市場機能も持つ城塞都市なのに対して、日本式の城は殺戮専門のキラーマシンだからな。正攻法では11万(明軍)でも危うくなる。鉄砲は向こうも持っていたんだがな。

ハヤト: そういう理由でしょうか、織田信長が死んだ後は戦いはあまりなくなります。北条氏のほか、あまり中央の事情を知らなかった僻地の九州や東北で多少あったくらいで。それも鏖殺戦みたいなのはないですね。

小林: 負けたら晒し首、戦いは経済戦となれば、たいがいは戦う前にやる気なくすわな。相手が攻略軍を編成した時点で自軍の堅城を落とせる兵力と経済力があるということだから、これは戦ってもムダだわな。確証破壊戦略みたいなのが戦国末期に成立したわけで。いずれにしろ、1600年より前に戦国時代は終焉したわけか。



補記1 ミャンマーの話



小林: このクーデターなんだが、このご時世に何でこんなことやったのかねえ。すぐ経済制裁されて行き詰まることは分かっただろう? 現に10億ドル(千億円)ものミャンマー資産が連邦中央銀行(アメリカ)に凍結されてそれきりだ。現在の基軸通貨はドルだからな。



ハヤト: 最近多用されていますが、結構オソロシイんですよね。例えばゴーンさんも私財でヒズボラなんか支援したら凍結されてそれきりです。アメリカ財務省の指図で国家でも個人でも狙い撃ちできるという。ある意味ドローン爆弾より恐ろしいですよ。

小林: ISを滅ぼしたのも、あの出来の悪いイラク軍や多国籍軍じゃなく、決定打はこれだというしな。ロシアも中国もこれには敵わない。が、そんなことは分かっていたと思うんだ。分かっていてなおやるというのが、それも選挙結果に不満というどうでも良い理由で、は、背後の存在を感じさせるな。言わなくても分かるけどさ

ハヤト: 中国に決まってるじゃないですか。アジアの中では親中で、ここ数年、西側諸国(主にアメリカ、日本)と中国の間で投資活動の綱引きが続いていました。軟禁されたスーチー氏は親米ですね。実質上の首班になって以降は対中債務の削減に辣腕を振るっていました。

小林: あの辺の国は中国大陸に貼り付いているから一見親中に見えるが、実はそうでもなく、ビルマ右翼、インドネシア右翼みたいなのがいて、共産党禁止とか華僑弾圧とかやっていたはずだが。ミャンマー軍部は中国とは仲が良いのか?

ハヤト: 良く分からないんですが、「敵の敵は味方」式でして、30年続いた最初の軍事政権はビルマ式社会主義の嫌中だったんですが、共産党なんか弾圧していたその軍部で非主流派の軍人をうまく取り込みまして、二代目軍事政権は親中なんです。で、その二代目軍部と仲が悪いのがアウン・サン・スー・チー、でも、彼女はビルマ式社会主義者でも共産主義者でもありません。

(ビルマ勢力図)
 アウン・サン・スー・チー(帰国子女・嫌中)軍事評議会(極右・親中)>ビルマ社会主義(ネ・ウィン/ビルマ右翼・嫌中)>共産党(中国傀儡)

小林: 中国もよくこんなの支援しているな。イデオロギー的に整合性が全然ないじゃないか。帰国子女より極右の方が良いとはどういう了見だ?

ハヤト: そのせいか装備は中国製が多いんですよ。安くて数を揃えられますからね。ですが、アメリカ海軍の機動部隊と交戦したら3日で壊滅でしょう。59式戦車なんて戦前の設計でマベリックミサイルの的にしかなりません。AK47は中国製でもありがたみのない兵器ですしね。つまり、純軍事的にも中国と組むメリットはない。思うに対外債務の3割を占める対中債務も多くはこういった鉄くず、ゴミ兵器じゃないでしょうか。もちろん当の中国もそんなもん使ってません。

小林: 昔の日本もそうだけど、まともに戦争できない軍隊ほど自国民弾圧には熱心だよね。しかし、一応国家なんだし、まともな国際情報はこの国には入るの?

ハヤト: 北朝鮮だってそれは分かりますよ。親中軍事政権を維持したいなら、この国は中国依存を強めるよりほかありませんが、経済制裁されている以上、中国も出来の悪い後進国を丸抱えすることになります。その経済力といっては、せいぜいが県レベルの規模(6兆円)ですからね。中国にとっても、国際的な悪評と引き換えに得られるものが少なすぎると思うのですよ。



小林: 北朝鮮が滋賀県大津市くらいの予算規模で核兵器やロケットを作っているのと比べると、勤勉さの度合いにだいぶ差があるな。ミャンマーだって頑張れば核ロケットくらい作れるだろう。

ハヤト: 半世紀も軍事政権をやっていて、そういう方向についぞ行かなかったところに彼らの可憐さがありますね。今の中国の様子ですと、加担する理由がありませんから、早々に手を引くのではないでしょうか。アメリカ経済制裁の威力は中国にも及ぶんです。今の中国には抗する術がありません。

小林: となると、クーデターは選挙で負けた軍部の暴発ということなのかな? 放っておいても自然鎮火すると。

ハヤト: スーチーさんにはまもなく会えるでしょう。では、今回はここまで。