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An another tale of Z ATZ資料集(90)




27.アイリスの影

 第二部でジオン公王になったハマーンが養育をマシュマーに委ねた彼女の娘アイリス、彼女の資質を受け継いだ娘に対する母親としての思いとは裏腹に、娘の存在は彼女のジオン公国の運命に大きく影響していきます。26の続き。





〇〇九八年一〇月一日
ソロモン共和国 ガンマ基地


ロモン共和国のガンマ基地は細長い楕円軌道で太陽を巡る小惑星で、外惑星航路の避難所であると同時に警備任務も担当しており、基地には簡素な宇宙港と一個中隊ほどのアライアンスが駐屯している。
 沿岸警備隊司令官マクニールの要請でアーガマを離れて基地に向かったラ・コスタは基地で司令官のアントン・ジュロデール中佐に迎えられた。出迎えた老中佐が開口一番で彼らにした提案に、ハマーンと一行は少し驚いている。マクニールの話では彼らはオルドリン行きの船が来るまで基地に一〇日程度滞在する予定だった。
「危険はありますが、燃料を補給して直ちに出帆した方がよろしいかと思います。」
 ジュロデールの提案に賛意を示したドリスが言った。
「船長の言う通りじゃ、陛下は一刻も早く早くジオンに戻るべきじゃ。」
 好々爺の中佐が船の補給は数時間で完了すること、基地の機材は揃っており、外板の損傷も同じくらいの時間で修繕できることを伝えた。考えておく、と、ハマーンは言い、船の様子を見に部屋を出て行った。後に残された船長が中佐に尋ねる。
「しかし、ガンマ基地のあなたがなぜ陛下をご存知で?」
 ドリス船長の言葉に話せば長くなると中佐は四年前の事件について話した。
「この基地がティターンズの攻撃を受けた時、木星艦隊司令官時代の陛下に助けてもらったのじゃ。ならば、本国の命令を無視してでもお助けするのがご恩返しというものじゃて。」
 戦艦ヒベリオンの砲手でヤゾフと同年だったという中佐にドリスは驚いた。本当だとしたら七〇歳を優に超える軍人だ。
「キャサリンなんぞ、わしには娘のようなものじゃて。」
 命令に反することは知っているが、沿岸警備隊司令官の気質は良く知っていると老中佐は言った。それに解任されても自分はもう老い先短い身だ。
「失礼ながら、ご家族、ご子息などは?」
 ドリスが中佐に尋ねた。いないと中佐は答えた、どうも独身か大戦で戦没死したらしい。
「同盟軍、今は違う名前じゃが、には好きなだけ勤務できる制度があっての。」
 自分も足腰が立つ間は辺境の基地の防人をしているつもりだと中佐は言った。一線勤務ではないが、仕事をしていると気が紛れるという。
「そういう提督は気づかないのかの?」
 何をですか、と、ドリスは中佐に尋ねた。自分は今や提督ではないと言い添えた彼に中佐はニコリと笑った。
「貴官の妻子はオルドリンで暮らしておると聞いておる。」
 一時の気の迷いでクーデターに加担したために、提督は妻子と別れることになった、と、中佐はドリスに言った。
「彼女も実は同じなのじゃ、沢山の物を失っておる。」
「グレミーなど陛下の敵ではありません。」
「グレミーが問題なのではない。」
 中佐はそう言い、バルコニーに立っているハマーンの後姿を見た。
「貴官らが戦いに勝ったとして、その後はどうする?」
「どういうことでしょう?」
 今の彼女にジオンを統治できるのかと中佐は言った。その言葉に船長はハッとした。先の戦いでは彼女の正統性も争点の一つになったとはいえ、これまでジオンに公王がいることは当たり前で、公王個人の内面までは考えていなかった。


〇〇九八年九月二八日 深夜
エウーゴ艦隊 機動巡洋艦「アーガマ」


ルティシアについて話した後、シャアは彼女の娘について尋ねてきた。
「勝つにしろ負けるにしろ、公王制を否定という方向にはならないと思います。ですから、これからは陛下自身が後継について決めておくのがよろしい。」
 アイリスは有資格者だとシャアは話した。ハマーン自身の子であり、外見から推測するに、ザビの遺伝子を色濃く受け継いでいる。即位の際、マシュマーとの結婚を公にし、なぜ彼女を皇太女に立てなかったのかと彼は尋ねた。


「反対はマシュマー提督だそうですが、彼はアイリス嬢を保護することで、陛下から後継の選択肢を予め奪っていた。そういうことになりますな。」
 だから後継が定まらず、血の薄いグレミーのような簒奪者を出す結果になった。彼女が最初からアイリスを立てていれば、コルプの反乱もおそらく起きなかっただろうとシャアは言った。これは彼女のミスだ。



「彼からアイリスを奪うことに、私はどうしても踏み切れなかった。」
 奪った所でどうだろう、自分が受けたようなスパルタ教育を娘に施し、次期公王候補とすることが本当に彼女の幸せなのか、母親としての心情を彼女はシャアに発露した。
「一七歳で将官、司令官などという制度がまともなものとは思えぬ。」
「だが、ジオンには公王が必要だ。」
 共和制支持者の自分ですら、それは認めざるをえない。ジオンは難治の地で、民主制を大きく取り入れるにしろ国民統合の象徴はなければならないと彼は言った。公王のいなかったダイクンの政治はしばしば労働争議や地方反乱など社会的混乱を引き起こした。サイド3建設時の名家から公王を立てたダイクン後のザビ体制が曲がりなりにも安定していたことは本当である。
「彼女は彼女の宿命から逃れられない。そこでマシュマー提督に同情した陛下は少し無責任だったと思いますな。彼にも分かっていたはずです。」
 いっそこの婚姻の存在をなかったものとし、ハマーン自身がしかるべき相手と結婚して、世継ぎを産めば別だが、と、シャアは言った。だが、才色兼備の女帝に吊り合う相手はそうはいないだろう。
「マチアス・フリッツでも別に悪くなかったかもしれません。」
「毎夜鞭打たれることに我慢できればな。」
 そうだった、フリッツはサディストだった。マシュマーを大公にして皇室入りさせるという案をハマーンはシャアに示した。しかし、その提案に彼は首を振った。
「陛下は彼という人間が分かっておられない。」
「大公に見合う器量がないという意味か。」
 違います、と、シャアは言った。器量や才幹ではなく、もっと根本的なものだ。
「アイリス嬢の価値を、彼が知らなかったとは思えません。」
 そう言い、シャアは三年もの間、娘を離さずハマーン率いるジオン宮廷と対決し続けた彼女の夫について話した。
「並の男でできることではない。静かですが、これは戦いです。」
 シャアはそう言い、ハマーンとマシュマーの違いが根本的なものであることを彼女に教えた。マシュマーは共和主義者であり、公王制への反発はほとんど生理的なものである。自身の大公はおろか、アイリスの皇太女さえ彼は認めないだろう。彼女の夫は徹頭徹尾、共和主義の国の軍官なのだ。この点では彼はかなり頑固だということは、イギリス時代の彼女も認めているところである。
「今のままでは、陛下がアイリス嬢を皇太女に擁することは不可能でしょう。」
 シャアの言葉に、ハマーンはガックリと肩を落とした。






〇〇九八年一〇月一日
ソロモン共和国 ガンマ基地


ランダから船の自分の私室に移動したハマーンは首都から送られてきた報告書に目を通した。ドリスの報告では船はあと三時間ほどで出発できるらしい。突貫工事でラ・コスタの出発準備を整えているガンマ基地司令官ジュロデールに彼女は謝意を示した。
 ガンマ基地はいわゆる順行惑星で、ハマーンらの進路上を秒速三〇キロで地球に向かって長楕円軌道を公転している。長距離を行く惑星間船の避難用に旧同盟が設置した基地で、外惑星における同国のいわばインフラである。通常の惑星や小惑星に寄港するよりも船の速度を落とさずに済み、また、小規模だが船舶の補給施設、修理施設も完備している。さらに大容量のサーバーが設置され、地球圏の情報を外惑星に発信するハブ基地としても機能している。現にハマー
(つづく)




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