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An another tale of Z ATZ資料集(85)




26.外惑星の戦い

 アフリカの話から少し戻りますが、木星からの帰路のハマーンの話です。この辺りは色々な展開が可能だったので様々なパターンを書いています。本編ではハマーンはガンマ基地に立ち寄らず、そのままザイド3に直行していますが、この挿話では立ち寄ったことになっています。






〇〇九八年
火星 ヘラス盆地
マーズ共同体 行政都市「クセノフォン」


星の薄い大気が巻き上げる砂塵が窓の外に見える。マーズ共同体は小規模なコロニー集落の連合体から成る小国家で、クセノフォンはその中心地である。
 およそ四六億年の昔、地球よりやや早く生まれた火星は太陽系を巡る二〇個の岩石質の微惑星の一つだった。太陽系の重力は奇跡とも言える絶妙なバランスを保っており、軌道の外縁を巨大惑星木星の重力に封じられたこれら微惑星は合体し、水星から火星までの四つの惑星になった。金星は五個から六個、地球はおよそ八個から一〇個の火星サイズの微惑星が合体してできたものといわれている。が、微惑星の中でもこれらよりやや外側に位置していた火星はそうした衝突を経ることなく、ほぼ当時のままの姿で現在に至っていると考えられている。
 誕生から二〇億年ほどは、低重力のゆえに地球のような恒常的な小惑星との衝突が少なかったため、時代によっては、むしろ地球よりも生命の生存に適した環境さえあった。この時代の火星は現在の地球と同じく湿潤であり、地殻から滲み出した豊富な水と大気があり、初期の探検者はこの時代の火星の地層からいくつかの単細胞生物の化石を発見している。実は地球の生命ですら、何らかの理由で大気圏外に放出されたこの生命体が起源であるという説さえある。
 火星は二二世紀に植民が始まり、最盛期には鉱業を中心に一億人以上が暮らしていたが、二五世紀にスペースコロニーの建設が一巡し、建造を進めた二大国が崩壊し始めた頃から風向きが変わった。すでに鉱工業で財をなしていたクセノフォンの為政者たちは孤立主義を選択したが、それは宗主国であった地球の旧大西洋連合系諸国と連合と対立していた旧ユーラシア連邦系諸国との板挟みを意味していた。火星を開拓し、防衛を提供していたのは連合だったが、クセノフォンの最大の輸出相手は旧連邦諸国だったのである。
 衛星フォボスを巡る争いは領有を主張する旧連邦系のビアスト連邦に対し、旧連合系のリグーリア共和国に使嗾されたクセノフォン政府がガイアに軍を派遣したことが致命的なミスとなった。戦い自体はリグーリアの勝利で終わったが、ビアストの扇動により最大の取引相手は失われた。安全保障条約を結んでいた北米大陸連合も頼りにならず、火星の迷走はこの時代から地球連邦の成立後まで続くことになる。政府財政の窮乏から紛争の中心になった衛星フォボスも五〇年後にはビアストに割譲され、その後、ビアストの後継国であるガイア自治共和国、そして現在はソロモン共和国が領有し、同国はイプシロン基地を衛星に置いている。現在のこの基地は航路を警備する太陽系外周艦隊の根拠地である。






〇〇九八年九月下旬
太陽系外周艦隊 装甲巡洋艦「シーハウンド」


戦宙域に向かう巡洋艦の作戦室でブレストンらはシーハウンドが遠方で探知した敵戦艦のデータを解析している。ブレストンはホイットニー社のPT―32のデータを取った。PT―32はパッチ2型戦艦のエンジンで、アムルタートも含むパッチ2型の初期建造型六隻に搭載されているエンジンだ。


「特別なエンジンなんだ。構造不良があって今の艦には積まれてない。現行艦は全て34型に換装されたはずだ。」
 タービンに脆化の兆候がある。解析データを手に取ったツポレフ機関長が言った。第九艦隊に編入された四隻はレダ星域会戦に投入されなければ解体の予定だったため、エンジンの換装はなされなかった。ブレストンは本部から送られた戦艦グワダンの戦術データをパネルに映した。
「あまり参考にならんな。四隻のパッチ2に一隻で立ち向かう戦法は賢明とはいえない。」
 ホフマン提督の艦隊運動は見事だが、と、ブレストンは付け加えた。グワダンはあれでもパッチ2型より優速で、進路データでは速度に勝るホフマンはS字運動を繰り返し、戦艦を転針させつつ囲繞するように距離を保って砲撃を加えている。それに対し、バイパーの戦艦四隻は横列陣形で猪突している。連邦軍の艦隊戦術は横列陣形を戦闘隊形の基本にしているため、連邦戦艦には後方に主砲がほとんどない。
「回頭までに一分三〇秒掛かる。実際には三分以上だろう。急速一斉回頭(シュネルアプシュヴァンケン)はそれなりに訓練が必要な戦闘機動だ。」
 海賊にはできないと航海長が言った。
「一分三〇秒で考えよう、そうなると五〜六,〇〇〇まで接近する必要があるな。」
「五,四〇〇メートルまでだ、ブレストン、ケルトフィッシュの安全距離ギリギリだ。」
 五,〇〇〇メートル以内だと巻き添えで自艦も損傷する可能性がある。二,五〇〇メートル以下では信管も作動しない。誘導はレーザー誘導で命中まで射手が目標を照準していなければならない。使いにくいミサイルだと砲術長が言った。
「信号から解析すると司令艦はこの艦と思われる、、」
 戦艦レヒリンの艦影をブレストンは指差した。






〇〇九八年九月下旬
ズム・シチ市 公王宮殿


わいそうな人、、」
 疲れ果て、グッタリとした男の頭を女は膝枕に載せた。疲れたといっても昼間の戦闘訓練の話ではない。この地位にいることに疲れたというグレミーに、ニューヨークから来たルー・ルカはコクリと頷いた。
「でも、街の人はあなたのことを評価しているわ。前の公王ではできないことをやったって。」
「評価されるべきは僕じゃない。フリッツ(弟)とかゲルハルト、ブロッホたちだ。」
 自分は自分なりに国民のことは考えていたんだ、と、グレミーは言った。しかし、ジオン街の官僚たちはもちろんのこと、宮廷の職員までもが何か事があると自分ではなくフリッツにお伺いを立てる始末で、公王自身ができることなど爪先ほどもない。義姉の真似はしてみたが、うまく行かなかったと彼はルーに告白した。
「まともな職員は僕のことを相手にしてない。」
「間違っているわ、あなた摂政じゃない。フリッツよりも上、公王に次ぐ地位よ。」
 ルーはそう言い、グレミーの頭を撫でた。今はまだ経験の不足からフリッツたちの専横を許しているけれども、政治を勉強し、もっと経験を積めば成長できる、それまで我慢しなさいと彼女は未来の夫に言った。国父ジオンの子女たるアルティシアが陸軍と宇宙艦隊の仲裁に入ったと聞いたグレミーは自分は国父の娘にすら及ばないとさらに落ち込んだ。
「宮殿の中にはアルティシアが公王になればいいという意見さえあるんだ。」
「立てておいて勝手なものね。でもね、グレミー、、」
 ルー・ルカは摂政の頭を見下ろした。グレミーは彼女の話を終りまで聞かず、彼女の膝を枕にいびきを立てて眠っている。
「こんなことで、この先大丈夫なのかしら、、」
 あの女さえいなければ、グレミーが政務にこれほどコンプレックスを感じているのも、あの彼の義姉が優秀すぎるせいだ。
「いっそ死んでしまえばいいのよ。」
 その言葉にドアの影から摂政殿下の様子を伺っていたフリッツはニヤリと笑った。制約の多いグレミーの日常生活の中でも、このテレビの女との関係だけは大目に見られている。摂政が裁可すべき書類の束を持ったフリッツはドア越しから執務室に引き返した。
 心配しなくてもいい、ルー、すでに手は打ってある。
(つづく)




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