に踏み切った理由の一つで、リック・ディアスの建造用にプラント社が開発した四万五千トンを上回るこの機械で彼はタッキード社が社内コンペで開発した新型輸出用モビルスーツ「ガンイージ」を生産しようと目論んでいる。ヴァリアーズのこの計画を、博士は特許侵害だと言って叫んでいる。
ガンイージ
「だから特許は会社なんですってば!」
滅茶苦茶だと警備員が声を荒げる。
「特許はなくても人格権はある! 何がガンイージだ! 私はショックを受けた!」
「人格関係ないと思いますよ。」
「慰謝料としてプレス機を寄こせ!」
ヴァリアーズの計画による改造は改良と言うよりむしろ改悪で、「ガンイージ」はモビルスーツとして許せない代物だとムシロ旗を振る博士はホテルの前で息巻いた。
ブロロロロロ、、
コスプレを着た博士の目の前を買収者のリムジンが通り過ぎていく。それを見た博士はヒートホークを振り上げた。
「あの黒ずくめ野郎! ジオニックを返せ!」
「どうやら裏口から出て行くようですね。」
解雇された従業員らが群がるホテルの正門を避け、方向を変えて走り去るリムジンを睨んだ博士に警備員は言った。非番の時に法律の勉強をしていたのがこんな時に役に立つとは思わなかった。彼も内心、今回の会社分割は新会社の設立と言うより、事業部を買い取ったヴァリアーズによるリストラだと思っている。
「あの人たち、大丈夫なんでしょうかね?」
操車場でリムジンに乗り込むハイドリッヒらジオニック社の幹部にサイモンは首を振った。買収額こそ雀の涙だが、これにより会社は赤字部門を切り離すことができ、帳簿上の債務は減る。博士は車に乗り込んだ会長ハイドリッヒを睨んだ。
「あいつは元は大蔵省の官僚で生保の役員だ。自分ではザクVのネジ一つも図面も書いたことのない奴が会社の運命を決める。」
他の奴らも同じだ、博士はホテルのロビーで車に乗り込むパルツァーら他の役員を指差した。この会社分割で六,五〇〇人もリストラしておきながら笑っていやがる。あれは弁護士だ、これは会社の顧問でここ二〇年間法廷に出たこともないのに、高額な顧問料で贅沢な生活をしている。
「そんな連中は私でもザクVで踏みつぶしたくなりますよ。」
サイモンの話を聞いた警備員が言った。
「それは無理だ、あのプレス機がなければザクVは作れない。」
残った性能の低い工作機械、古い機体の枯れた技術では凡庸な機体しか作れない。この分割で会社は手足を切り取られたも同然だと博士は首を振った。赤字部門といっても理由のない赤字ではなかったのだ。そう言った博士はさっきまで彼の話し相手になっていた警備員の目を見た。
「君、警備員にしては話せるな。」
「ええ、まあ、いろいろやってましたから。」
ホテル「ベルリン」の警備員、ビーチャ・オレーグは初老の博士の言葉に頭を掻いた。大学を出たビーチャは最初はニューヨークでMCVの孫請けに就職したが、キャスター候補生時代のルー・ルカに振られて傷心のまま帰国してしばらく自宅にいた後、今は警備員の仕事をしている。
「あのプレス機はソロモンやユニオン、そして連邦に追い付かれた我が国が再び優位に立つ切り札だった。ただの試作機械ではない。最新の技術が詰め込まれていたのだ。」
それを目先の金欲しさに易々と売ってしまう。技術に対する目利きも敬意もない人間が役員になってはいけないのだ。サイモンはそう言い、手にしていたムシロ旗を降ろした。
「この国にあるのは、保身だけだ。誰もが目先のことばかり考えている。」
ガンイージがいくら廉価でも、実戦でリック・ディアスと鉢合わせれば翌日から売れなくなる。兵器の世界とはそういうものだ。肩を落としたサイモンはそう言い、同情的な視線を向けるビーチャの視線に見送られ、トボトボと歩いて行った。
〇〇九八年八月
ズム・シチ市 アルカディア区
ジュドーの集合住宅
作業から戻ったジュドー・アーシタは端末でKR−15の発売延期の知らせを読んだ。このモデルを買うためにアルカスルにまで出稼ぎして貯金したのだが、発売延期の知らせはこれで三度目だ。高校を卒業したジュドーは大学に行かずに専ら廃品回収や宇宙作業で生計を立てている。週末に屋台でジェラートを売っている妹のリィナには何としても女子大に行かせてあげたい。キメコ社の
KR−15はそんな彼の計画を進める第一歩だった。
「このマシンがあれば、斡旋会社からいちいち機械を借りずに作業ができるんだ。知っての通り、奉仕団の外壁の作業は利権がいっぱいだろ。割高な機械を借りなければその差額でお前をオファキム女子大学にやるくらいの金は稼げる。週末の「リィナのジェラート」もやらなくて済む。」
端末の画面を眺めながらジュドーが妹に言った。オファキム女子大学はジオン大学と並ぶジオンの名門女子大である。国内の女子大学としては地球のラドクリフに比肩する頂点校と言っても良い。名門大から一流企業に就職して幹部候補の男性社員と結婚して、兄の描くバラ色の未来に妹は頬を膨らませた。
「もう、お兄ちゃんは勝手なんだから!」
「ま、そこまでやらなくてもいいが、兄ちゃんはお前には幸せになってもらいたいんだ。」
リィナは学校の成績も良く、彼にとっては自慢の妹だ。
「俺は赤点ばっかだったからな。」
ジュドーは頭は悪くないが、進学したベステン高校では教師たちと反りが合わず、退学寸前の成績でようやく卒業した。彼がこの学校を忌み嫌っているため、今でもアーシタ家ではベステン高校の話題はタブーである。兄の希望で転居してまでして市の北側のノルド高校に進学させられた妹は兄の顔を見た。
「でも、大学はオファキムだけじゃないわ。私はもっと普通の学校でも良いと思うのだけど。」
それはね、ジュドーは居間の壁に飾ってあるハマーン女王の写真を見上げた。彼らの父親は木星艦隊の士官で、七年前に自由コロニー同盟軍との戦闘で戦死している。母親は一〇年前に病死し、現在の彼らに両親はいない。
「彼女のおかげでプチモビの持ち込みができるようになったんだ。」
そう言い、ジュドーはハマーンの御真影に手を合わせた。オファキム女子大学は宮内庁の職員も多く輩出している大学で、家柄などもあるが、適性があれば女官として宮内庁に出仕するチャンスがある。リィナにはお伽話に思えたが、夢を見たがっている兄を邪魔する筋合いもない。
「あの方はそういうことにはあまりこだわらないと思うわ。」
現在のハマーンの侍従頭は女子大どころかジオンの出身ですらない女性で、いろいろと型破りな女帝について、彼女は新聞で読んだ内容をコメントした。アーシタ家は兄の方針で女性誌や少女漫画は読ませてもらえない。
「とにかく、お前は部屋で勉強しなさい。」
「はーい。」
兄の言葉で勉強部屋に入った妹を見送ると、ジュドーは再び端末に向かい、情報を検索し続けた。八月にはKR−15で作業をしたかったのだが、発売延期となると他機種を検討すべきだ。割高なツィマッドのモデルもアリスタでの生産が遅延していて今すぐの入手は難しい。端末で検索していた彼は見慣れないモデルを目にした。
『新型プチ・モビルスーツ、YP―142「シュリケン」 Debut!』
写真で見る「シュリケン」の周りでは忍者姿の俳優がポーズを取っており、輸入元のヴァリアーズ商事の社長で、レイバンのサングラスに手を両手のポケットに入れ、斜に構えた黒ずくめのヒューゴー・ヴァリアーズの姿も映っている。
「これ、いいんじゃないかなあ、、」
ジュドーは機体のスペックをチェックした。増設には改造申請が必要なプロペラントの量はキメコやツィマッドの機種よりも多く、モーターの出力もやや大きい。やや重いが大きさは他の二機種とそれほど違わない。作りはやや安っぽいように見えるが、基本的な部分の構造はしっかりしており、これなら外壁作業にも使えそうだ。酸素の量が多いのも良い。
『予約は抽選で五〇名様まで。』
ジュドーは鞄をまさぐって財布からクレジットカードを取り出すと、端末に会員番号を入力し、必要事項を入力すると「予約」ボタンを押した。YP−142は早ければ今月からでも使えそうだ。抽選に当たるかどうかは分からないが、試してみる価値はある。
ズム・シチ市 アル・フサイン区
ゴットンの家
部隊の有志でシュニッツアーの葬儀の日程を決めて戻った後、ゴットンは自宅のテレビで「1254」の残骸一一個のうち九個を撃ち落としたグレミー・トト中尉のインタビューを見た。遊星一個の撃墜に失敗したが、はにかんだ表情で照れながらインタビューに答えるグレミーは純朴な青年といった感じで、ジオン皇族の末裔というこの人物が彼や部下たちのように生活に苦労しているとは思えないが、少なくとも完全無欠のハマーンよりは彼らに近い人物であるように彼には思えた。
「一個を撃ち損じ、住宅地を冠水させたことについては本当に申し訳なく思っています。完全に私の責任です。被害の復旧に尽力したゴットン大佐の第一連隊には未熟な私の後始末を引き受けてくださり、本当に感謝するばかりです。」
そう言ってカメラに向かって頭を下げた皇弟殿下に、缶ビールを手にしていたゴットンは意外な顔をした。公室に連なる人物が場末の一連隊長に名指しで感謝するなど異例中の異例だ。また、任務の後に知ったことと前置きして、除隊後の再就職に失敗して自殺したシュニッツアー元伍長につい
(つづく)