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An another tale of Z ATZ資料集(59)




21.カガリナの転機

 工作員としてソロモン共和国に入国し、販売員として国防省に潜り込んだカガリナですが、諜報活動の方はあまり進みません。そんな彼女をじっと見ている者がいます。






〇〇九八年五月
オルドリン市 ソロモン共産党本部


※カガリナを出している理由の一つが、他の登場人物のほとんどが軍人か政治家、あるいは官僚ですから、そうでない民間人の視点から作中に登場する国の制度と社会を描くということがありました。ソロモン共和国の国の会社法は我が国より進んでいて、法人格の付与は準則主義ではなく、商売を始めれば即法人という設立自由主義になっています。スイスの制度ですが、コンピュータもデータベースも今よりはだいぶ進んだ二九世紀の社会では許容しうるものになっています。法人化にはメリットも多いのですがデメリットも多々あり、彼女のような商売はこの国では禁圧対象になっています。信用が担保されない上に雇用保持力が低いという理由ですね。税率は六〇%とありますが、これは有限責任会社とか合名合資とか、もっとちゃんとした組織を作って出直せということですね。これも三二話ですね。

の配達から帰った少女が共産党本部のビルで訥々と端末のキーボードを叩いている。端末はアナハイム社の製品で、共和国では普通のメソッドであるキーセット方式ではなく、QWERTY配列の機種である。キーセットが主流の共和国でも、ある年代以上はこの形式のほうが馴染んでおり、同国では二種類の端末が併売されている。
「実はキーセットの導入には抵抗もあったんですね。」
 当時を覚えているチェコフが黙々と端末を叩いているカガリナに語りかけている。
「ほとんどの官公庁や企業がQWERTY配列でしたし、学校などでタイプの演習もしていました。キー方式はごく特殊な方々、具体的に言うとモビルスーツや宇宙船のパイロットでしたが、の、特殊技術でしたね。」
「ふーん。」
 チェコフの話を聞きつつ、カガリナは黙々とキーを打っている。時折、テーブルに手を伸ばして朝食のサンドイッチを囓り、紅茶を啜っている。
「もちろんこれらの方々の反対がありまして、事務処理方法の変更に千億フェデリン掛かるとか言われていたのですが、リーデル氏が改革を断行しまして、今の時代になっているわけです。実際にはPRも含めても数億フィデリンで済んだらしいですね。どうも首相の狙いは事務処理方法の変更にかこつけた役所組織の改革にあったようです。キー方式に反対した官僚はほとんど職を追われましたから。実際に比べてみると、慣れれば打ち間違いも少ないし、確かに圧倒的に速いですからね。」
「そんなことがあったんだな。よし、できた。」
 キーを打つのを止め、カガリナはサンドイッチを口にほうばった。
「何をしているんです?」
 党書記がカガリナの大型のワードプロセッサを覗き込むと、彼女はスプレッドシートを操作して彼に一葉のチャートを示した。見るとグラフは日付と売上から成っており、どうもヤクルートの売り上げのようだ。
「二月末にアガスタに派兵があり、三月末にはクロスボーン攻撃があっただろう。それとヤクルートの売り上げを比較すると、ほら、ピッタリ一致している。」
 カガリナは清涼飲料水の売り上げとソロモン作戦部が関与したと思われる作戦との比較をチェコフに提示した。見るとヤクルートの売り上げが伸びるのは、大作戦のある前、新聞報道より一日から二日前であることが傾向として現れている。
「あと、週末に宇宙港で店を出している屋台の売り上げや客層もデータ化している。こちらはまだ傾向と言えるほどの傾向は掴めていないが、最近急に売り上げが伸びた。特に艦隊工廠の近くが著しい。分からないが、何かあるのだろう。」
「いろいろ試してみると面白いですね。で、インパーソナルな情報源の方はどうなんです?何か脈はあります?」
 それは全然、党書記の言葉に彼女は首を振った。そうですか、と、頷いたチェコフは机の引き出しを開くと、中から一通の葉書を取り出した。
「何だいそれは?」
 アンナ・ヴァレーニナ様宛ての共和国税務署からの葉書を見たカガリナは葉書の文字を読んで目をパチクリした。


「法人税納付通知書?」
「毎週港に行っては屋台を開いているでしょう。業として反復継続しているわけですからあなたは商人で、これはヤクルート社の社員としてやっているわけでもないですから、この国では商人のあなたは自動的に法人化され、法人税の課税対象になるわけです。」
「会社なんか作ったことないよ!」
 高いと思いますよ。そう言った党書記の言葉にカガリナは葉書のシールをめくった。その金額を見て、彼女は目を丸くした。
「ちょっと待ってくれよ!」
 納税額四千五百フェデリン、直ちに納付のこと。カガリナのたこ焼き屋台の粗利をはるかに超える金額に彼女は抗議の声を上げた。
「ま、他国からこの国に商売に来た人がいちばん驚くところですね。」
 チェコフはそう言うと、彼女に〇〇九八年度版の納税申告マニュアルを手渡した。






〇〇九八年五月
オルドリン市 マーレー区 共和国労働局支局


※この作品でのカガリナは一応転職希望者で、諜報活動のために国防省への潜入をもくろんでいます。しかし、元難民の彼女を簡単に入れてくれるほど、この役所も甘くありません。そういうわけで、彼女は販売員や屋台経営の傍ら、共和国で職業訓練を受けています。彼女の担当は労働局の才女スヴェトラーナ・コワルスカヤ、修士卒の才女でたぶん給料も日本の職安の職員の五倍くらいもらっているのでしょう。能力も五倍だと思いますが。この辺も筆者が「違い」を出そうと四苦八苦した点で、作中にはいろいろな国が登場しますが、ソロモンの制度はこうだという例として説明しています。第三部は全般的に社会問題を扱うことが多い部ですが、単純にモビルスーツでズキューン、バキューン、ドキューンなんて話を書いても作者が面白くありません。それに筆者は日本なんか見て作品書いてません。三九話の場面です。

ベトラーナ・コワルスカヤは共和国労働局のコーディネーターで、毎年百万人程度流入する共和国への移住者や会社が倒産したり解雇されたりした労働者の職業斡旋の専門家である。大学卒業後に結婚し、三児の母となったが、子育てが一巡した後は労働局に雇用され、コーディネーターとして働いている。
 労働局への就職と前後してオッカム大学で心理学修士の学位も取った。この国は努力する者にはその道筋を示し、必ず報いてくれるというのが彼女の信念であるし、自分の仕事はそれに貢献するものだと彼女は思っている。局の方針もあったが、彼女の使命は巡り合わせやら不運やらでチャンスに恵まれない労働者にチャンスを与えることである。
「そういう点、あなたは模範的な訓練生だったわね。」
 数年ぶりに労働局を訪問したフランク・ビシェッツ大尉にコワルスカヤは言った。彼女が彼と出会ったのは六年前、当時の彼は彼女から見ても「ランクE」の場末の小工場で組立工をしていた。たぶん何かの弾みで、ビシェッツが街頭のポスターにあった航宙士養成講座に応募した際、推薦人になった彼女は労働局の窓口で彼と面接している。当時、この講座は始まったばかりで、目的が軍のパイロットや艦隊乗員の要請であることは明らかすぎるほど明らかだった。純朴な青年を殺人を業とする職業に誘うことには、実は当時の彼女も良心の呵責を感じなかったことはない。
 もっとも、彼と面接した彼女は彼がこのまま場末の工場で働いていることも良いとは思わなかった。局員の特権でデータベースを検索した彼女はメカトロニクス社が基準法違反の「札付き」の会社であることも知っていたからだ。ビシェッツのポテンシャルは分からなかったが、とりあえずやらせてみようということで彼女は彼の転職計画を後押しした。当時の彼女はこの仕事に就いたばかりで、上司のジャンセンが彼女に彼のサポートを勧めたことがある。共和国労働局は単なる職業斡旋の仲介屋ではない。
「あなたがいなければ私は今もメカトロ社の未熟練工か、あるいは失業者でしょうね。後者の可能性の方がずっと高かった。」
「この国は人の可能性を無駄にはしないわ。」
 ビシェッツの件では彼女も勉強になることが多かったと感じている。養成所に入所以来、彼の成績や教官の評価は労働局の彼女の下に次々と報告されていた。その都度、彼女は当初の見解の修正を迫られたし、その対応を通じて彼女自
(つづく)




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