二段式のブースト装置を搭載したエンジンに点火した途端、クワトロは強大なGで座席に叩きつけられた。
「むぐおおおおおーっ!」
座席の形状が悪いのか、急加速する機体にクワトロの頭がバックレストに押し付けられる。上を向いた姿のまま、彼は「ギャブラン」で月の引力を振り切った。一〇キロ上空まで急上昇し、機首を下げて操縦性をテストする。
「シャアには悪いが、ありゃ欠陥機(レモン)だな。」
監視カメラでテストの様子を観察していたハーヴェイ・ロボット社社長、ハーヴェイ・ダンが機体の様子に嘆息した。エウーゴがなけなしの金をはたいて新型機をテストするというので、ハーヴェイもボランティアで測定担当を務めているが、これまでモビルファイターから正真正銘のゲテモノまで、いろいろ乗せてテストしてみたが、どうもこれという機体がないようだ。
「いっそアッシマーを買ったらどうでしょう? タッキード社には濡れ手に粟ですが。」
「売ってくれるとは思えんし、何より買えるとも思えんな。それにアッシマーは重爆型の特殊機だ、エウーゴには向いていない。自警団のプライドもあるしな。」
アナハイム社の委託でハイザックの製造販売を行い、月に本拠を置くハーヴェイ・ロボット社の社長兼設計者ハーヴェイ・ダンはジオンの関係者ではなく、サウスカロライナ出身の一介の技術者である。彼の実家は農業機械販売を手がけており、かなりの成功を収めていたが、そのせいかハーヴェイも幼少の頃から機械に関心があった。その後に従軍してジオンの「ザク」の技術に触れ、除隊後の〇〇八二年に月で興したのがハーヴェイ・ロボット社である。最初期はシャアが株主として出資した。
「まだ終わらんよ!」
「シャア、そろそろ中断した方が身のためだぞ。」
制度上、連邦警備隊の下部組織であるエウーゴはティターンズのように独自の開発組織を持つことはできず、そのエンジニアリングはハーヴェイのような民間の技術者が支えている。「マラサイ」はそうした彼の研究の成果として生み出され、当時としては小型の割に攻撃力が大きく、小型艦や旧式艦の多いエウーゴに取ってはうってつけの機体であった。
「が、初飛行が〇〇九一年ではいくらなんでも非力は隠せん。最新の工学技術を用い、稀に見る効率的な設計をしたと自負しているが、余分な贅肉がない分、改良で性能を向上させられる余地も乏しい。」
ハーヴェイが言った。入手したザクの図面を参考にしつつ、彼が独力で作り上げたマラサイについては、彼はその長所も短所も知り尽くしている。
「最初のマラサイ二一型から三二型、五二型とバージョンアップしてきたが、現在の六三型が限界だな。しかし、ノースウェストの機体(GMV)は高すぎてエウーゴには買えないが、私以上にひどい設計をするエンジニアがいたとはね。まったく、宇宙は広い。」
「ハ、、ハーヴェイッ、、ガガッ、、ガガ、、」
「クワトロ大尉、まずいんじゃないですか?」
計測機器を見つめていた測定担当がハーヴェイに「ギャブラン」のエンジンの数値の異常を教えた。
「いかん、エンジンが暴走している! シャア、脱出しろ!」
直後、彼らの上空で閃光が瞬き、ズームアップすると煙を吐くギャブランの姿が見えた。ハーヴェイの警告にも関わらず、クワトロは脱出せず、エンジンが爆発した機体を実験場に着陸させようとしている。
「消防車を出動させろ!救急隊の用意!」
あれは贅肉の削りすぎだ。ハーヴェイはそう言い、救護班長にクワトロ大尉の確保を命じた。管制塔のマイクを取り、燃えるコクピットで操縦桿を握るシャアに着陸の指示をする。CSIジェットはチベットのベンチャー企業で、この会社の機体にはハーヴェイも問題を指摘していたが、アッシマーに焦るエウーゴ本部は試験を強要していた。
「これまでも危ない機体はずいぶんあったが、これは極めつけだ。」
結局、クワトロは基地近くで機体を放棄して脱出し、大破した機体はハーヴェイらの手によって事故解析班に廻された。クワトロはさすがに熟達したパイロットらしく、軽い火傷程度で収容されたが、並のパイロットだったら死んでいただろう。爆発後、素早くエンジンのバルブを閉鎖し、記録装置を立ち上げたクワトロの措置にハーヴェイは感心した。少なくとも爆発するまでの飛行エンベロープは教科書に載せて良いほどの完璧さだ。
「あれこそ真のパイロットだ。」
「しかし、次の実験はどうします? パイレーツ社の「ガブスレイ」がありますが。」
(つづく)