Mobilesuit Gundam Magnificient Theaters
An another tale of Z ATZ資料集(52)



沿岸警備隊にいるはずだ。
「今の所、本艦の周囲に不審船の姿はない。」
 航行するラ・コスタ自体の船足が速い上に、外惑星での襲撃は技術的にも困難があり、ルートの幅も一〇〇万キロあるため、仮にラ・コスタを発見しても、襲撃できるまで近づくことは容易ではないと提督は言った。
「護衛の空白は四日間を想定していたが、思ったより早くフォローされたようだ。」
 ブレックスはそう言うと、艦に乗艦してきたトッパー中尉以下の共和国軍パイロットを迎えに格納庫に降りて行った。
「あのようなことが起きるとは思えないが、、」
 ハマーンは昨夜の夢を思い出した。航路途上で非業の死を遂げる可能性はどうもなくなったようだが、問題は帰り着いた後にもある。
 それから五日後、彼女はまた夢を見た。






〇一〇八年 秋
ズム・シチ市 公王宮殿 プチ・トリアノン


の木漏れ日の挿し込む庭園の陽だまりにある石造りの家の窓際で、ピンク色の寝巻を着て、膝を抱えた赤髪の女性が庭を眺めている。
「ラ、ララララララ、、」
 小さな声で、何やら歌のような言葉を口ずさんでいる女性の表情は虚ろで、水色の瞳も焦点が定まらず、どこを見ているのか分からない。昼過ぎに起き出して来た公王陛下の様子に竹箒で庭を掃いていた庭男が悲しげな顔をする。
「陛下、、」
 中年の庭男は箒を手に近くの公王宮殿を見上げた。田舎暮らしを模した庭の樹木も、巨大なこの建物までは隠すことができない。最後の戦いで宮殿は焼け落ち、今は住む者もなく放置されている。
 〇〇九八年一〇月、サイド3に帰還した女王軍とグレミー軍との戦いはジオンを二分する激しい内戦となり、戦いは〇一〇一年の一二月まで三年間も続いた。最後の戦いでフリッツ(弟)はコア3を巻き添えにして自爆し、グレミーは内妻のルー・ルカと共に宮殿に火を放って自害した。戦いでサイド3のコロニーの三分の一が破壊され、ジオンは総人口の半分を死に至らしめた。グレミー軍は壊滅し、戦いは女王軍の勝利に終わった。
 しかしながら、それは女王「軍」の勝利ではあっても、女王「個人」、つまり公王であるハマーン自身の幸福を意味しなかった。グレミーの自由主義に対抗するために彼女は民衆に譲歩したが、戦後に国民主権を唱った新憲法が制定され、象徴公王の地位に収まった彼女が形式的、儀礼的な国事行為から充足感を得ることは難しかった。かつてグレミーが味わった苦痛を今度は彼女自身が味わうことになり、それは彼女の精神を徐々に蝕んでいった。
 死んだグレミーには単調な形式的行事に耐える忍耐力があったが、元々首相の後継者として実務能力を重視した教育がなされ、自身も才気煥発な彼女にはその資質はなく、最初は侍医に軽い疲れを訴えていた彼女だが、それが強い倦怠感になり、形式的な執務にさえ支障を来すほどのものになるまでには時間は掛からなかった。ついに精神科医に執務不能を宣告され、療養のため、彼女がこの小宮殿に引きこもって六年になる。庭を見る公王を生垣から庭男と僧侶の服装をした男が遠巻きに見守り、溜息をついている。
「お悪いのか。」
 僧侶の男が旧知の庭男に尋ねる。かつてのハマーンの旗艦艦長、ヴァルター・フォン・ホフマン退役中将は出家して浄土真宗の僧となり、各地の寺社で女帝陛下の平癒を祈願している。彼は女帝の病は内戦でリューリックなど有力な多くの将が倒れたため、国民主権を主張する民衆派と手を組んだことに原因があると考えている。また、地球連邦やソロモン共和国が内戦に介入し、戦後賠償としてサイド3の三分の一が割譲されたことも大きい。一言で言えば、内戦でジオンは疲弊して衰退した。
「我々がもっとしっかりしておれば、陛下もあのようにならなかったものを。」
「慚愧に耐えません。」
 庭男、元第二艦隊の戦隊指揮官、アウグスト・グスタフ・フォン・バロス退役少将はホフマンの言葉に涙した。彼の上司のイエガーは民衆虐待の廉で一昨年に処刑されている。バロスの同僚タケイも民衆派による暗殺でこの世を去った。民衆派といってもその実は過激派の恐怖政治だとバロスはホフマンに言った。サイド2を統一したオーブル人民主義の影響も小さくない。実はグレミーの方がマシだったのではないか。二人は口々に話しつつ、庭の向こうに姿を消した。
「ラ、ララララララ、、」


 口から涎を垂らし、虚ろな目で池の水面を眺めていたハマーンは池に咲く蓮の花に目を留めた。宮殿は滞在する者が安らげるよう、フランスの田舎暮らしをモチーフに、木石など自然物を多く取り入れている。
「ラララ、、」
 ハマーンは虚ろな目をしつつ、蓮の真紅の花弁をボーッと眺めた。最後の戦いは彼女の政治家としての敗北のみならず、女としての敗北も意味していた。彼女を閉門蟄居に追いやったアルティシア首相からマシュマーの再婚を知らされ、チェーンに子ができたことで彼女の敗北感は決定的なものになった。つまり彼女は政治でアルティシアに負け、女としてチェーンに負けた。
「生きていても、、何の希望もない、、」
 彼女は立ち上がると芝生に素足を下ろし、蓮の花の咲く池に向かって歩き出した。水面に足を入れ、膝まで水に浸かりながら、彼女は池の中を花に向かって歩いて行く。中庭の池は意外と深く、すでに水面は彼女の胸元を浸していた。






〇〇九八年一〇月二日 深夜
エウーゴ艦隊 機動巡洋艦「アーガマ」


わああああああーっ!」
 与えられた個室のベッドで、ハマーンがガバッと体を起こした。周囲を見回すと周りには誰もおらず、部屋の時計の一時三二分の文字だけが緑色に光っている。乗船者の部屋割りが済んだことで、公王の彼女には個室を与えられ、数日前から太陽系外周艦隊の護衛が彼女らに付いている。アルファ基地から派遣された巡航艦トリプラの艦影を彼女は舷窓から見た。
「犯されるよりなお悪い。」
 前の夢もやたらリアル感の溢れるものであったが、今回の夢はありそうな話だけにより現実的だと冷汗を掻きつつ彼女は思った。彼女自身、自分の公王専制主義には行き過ぎた点があると反省している。だからこそクーデター派を含む市民の不満が彼女に集中しているのだ。それを受け、自称摂政のグレミーは象徴主義に徹していると聞く。君臨すれども統治せず。彼女ももちろん知っているが、ジオンの政治事情がそれを許さなかった。
「公王陛下?」
 夜中の悲鳴に不穏を感じたのだろう。夜着を着た侍従のレナーテがドアから彼女を覗き込む。ベッドから起き上がった彼女は親友の所に歩み寄ると、両手でその頬を取った。
「レナーテ、大丈夫だな、生きているんだな?」
 襲われなかったかと心底心配そうな表情でレナーテを見下ろす公王に彼女は不思議な顔をした。女王は小柄だと良く言われるが、それはより大柄な周りの将官や武官と比較しての話で、本人自身は一七〇センチの女性で、一五九センチのレナーテよりずっと背が高い。端正な顔立ちは少年のようでもあり、女王が男だったら一目惚れしたに違いないとは、日頃からハマーンに感じている彼女の印象である。
「陛下!?」
 その麗人が突然自分を抱きしめた時、レナーテはわけもわからず動揺した。ハマーンは何かうわ言のような言葉を口走っており、それが自分を案じた言葉だということは彼女にも何となく分かった。
「レナーテ、お前は死んではならん、、」
 公王の言葉に、レナーテは目を瞑るとそっと彼女の背中に手を廻した。
(それにしても、象徴公王制、この戦いの後にジオンがそうなった場合、自分はそれに耐えられるのだろうか。)
 耐えられない、と、ハマーンは思った。彼女は動揺するとレナーテの顔を自分に引き寄せ、その唇をいきなり奪った。
「む、、ぐ、、陛下、、」
 廊下で侍女の唇に舌を割りいれ、無理やり口づけしている現場に鉢合わせたパジャマ姿のジュグノー大使がのけぞって壁に手を付く。
「あわわわ、、あれ、、あれ、、」
 腰を抜かして動揺しているジュグノーを学者のギュネイが床を引きずって自室に連れて行く。
「見るんじゃない、あれはプライバシーだ。」
 恐怖に顔を歪め、ジュグノーの両肩を抱えたギュネイが言った。
(つづく)




Click!