Mobilesuit Gundam Magnificient Theaters
An another tale of Z ATZ資料集(32)




13.F5演習編

 アガスタ派遣に向けて艦隊の訓練を始めるソロモン艦隊、新鋭巡洋艦を与えられたライヒ大佐は演習宙域の暗礁で思わぬ「敵」に遭遇する。





〇〇九八年一月
ソロモン艦隊 巡洋艦「ポインター」


艦「ミネルバ」と共にサイド5、F5演習宙域を航行していたライヒ大佐の巡洋艦「ポインター」は遊星の漂う狭隘な暗礁宙域を縫うように操艦しつつ、会敵ポイントであるF4宙域を目指している。作戦本部の方針で、今年に入ってからソロモン艦隊は暗礁宙域での演習を強化している。「シェパード」を降りたライヒには旗艦の新型巡洋艦が与えられ、彼は「ミネルバ」の他、キム中佐の4隻のH級駆逐艦を率いる戦隊司令に任命されている。
「狭い宙域だ。安全第一、しかし高速で目標を目指せ。」
 計画では、F4宙域にはアナスコシア・フッド少将の指揮する戦艦「アルティメット」の艦隊がいるはずである。以前の「シェパード」では少々持て余す相手だ。戦艦は装甲が厚く、武装も充実している。しかも「アルティメット」はライオン級の最新鋭戦艦で、一〇万トンを軽く超える巨体に強力な主砲とセンサー、無数の火器を備えている。
 が、それは古いレイピア級での話だ。彼の新鋭艦は強力な六八〇ミリ宇宙ミサイル「キングフィッシュ」を装備しており、これはタイプ85の「ケルトフィッシュ」の三倍の威力を持つ大型ミサイルである。この旧型のマゼラン級の戦艦なら一撃で戦闘不能にできる大型ミサイルがライヒの艦には八連装で三二発搭載されており、護衛艦隊のミサイル能力も合わせれば、理論上は十分に戦艦に対抗しうる火力を有している。
 しかし、ライヒが気にしているのはフッドの旗艦のことではない。青軍には公試を終えたばかりの戦艦「エイジャックス」が参加しており、マーロウ大佐が艦長を務めている。昨日の演習でもライヒと同じく赤軍を担当するアロイス大佐の戦隊がF7宙域で敗退したばかりだ。
 演習の秘密保持のため、アロイス戦隊の遭難の事情はライヒには報告されなかったが、演習後に基地で会ったアロイスはライヒに「落石に気をつけろ」とだけ言い残している。エイジャックスは艦載機を搭載している。
 「落石」イコール暗礁でのモビルスーツによる攻撃と考えたライヒは、戦隊のコースにより困難なF5宙域を選んでいる。F5は木星帰りの彼だからこそ選べるルートで、通常の地球圏での経験しかない艦長ではまず選ばない、モビルスーツによる攻撃も困難なコースと考えられている。岩片が多く、不規則に散乱しており、中には荷電粒子力場(デフレクター)を通過するような大きさのものもあるからだ。
「エイジャックスの艦載機が展開する前にフッドの艦を沈め、この宙域に逃げこむ。一撃離脱だ。」
 ライヒは一同に作戦を説明している。第七戦隊は駆逐隊司令のキムも含め、旧木星派遣艦隊のメンバーが多く、この点も彼がF5を選んだ理由である。
「問題は、やはりマーロウ大佐だが、、」
「外惑星戦闘の第一人者ですからね。」
 副長のハリス少佐が言った。
「だが、今のところ索敵機(スカウト)も監視衛星も見当たらない。彼も我々がここを通るとは思っていないのかな。」
「その可能性はありますね。」
 完全な奇襲になりそうだ。ライヒは副長に指を立てた。
 と、その時、センサー担当士官が大声で叫んだ。
「敵襲! 後背より敵!」
 まさか、不意に艦橋を覆った大きな影に、ライヒはとっさに背後を振り返った。
「距離二千、方位一八〇度マーク〇に「エイジャックス」!」
 突然、巨大な戦艦がライヒらの巡洋艦戦隊の背後に急降下して覆い被さり、艦体をロールさせつつ、前部の六門の主砲と三二門の副砲を生き物のように動かして照準してくる。
 まずH級駆逐艦の一隻が撃破され、戦艦は速度を上げたライヒの戦隊に追いすがってくる。ライヒ自慢の大型ミサイルは艦首に装備されており、後方からの攻撃には対処することができない。火力の差もあり、戦勢不利を彼は悟った。
「振り切れ! この宙域を抜けるんだ!」
 戦隊司令のライヒはマイクに向かって叫んだが、戦艦の攻撃で艦隊の被害は拡大していく。
「「ハリケーン」、「ハロルド」、撃破されました!」
「巡洋艦ミネルバ大破!」
 その直後、ライヒの眼前のパネルに「戦闘不能」の文字が表示され、彼は旗艦も撃破されたことを知った。キム中佐の「ハンター」は辛くも襲撃を逃れて暗礁宙域を抜けたが、目標である戦艦部隊に対して、残った駆逐艦一隻で何かできるものでもない。司令部に作戦中止を打電したキムの無線を彼は傍受した。この時、すでに彼は指揮権を剥奪され、演習空間を漂う幽霊となっている。
「モビルスーツによる襲撃なら、予測していたのですが。」
 同じく幽霊のハリス少佐がライヒに言った。
「ああ、だから速度を高く取っていた。この宙域では速度さえ保っていたなら、モビルスーツによる編隊攻撃はかわすことができる。また、新型防空システム(Qシステム)もある。だが、、」
 大きすぎる岩、大型戦艦による殴りこみ攻撃までは予測していなかった、と、ライヒはハリスに言った。アロイスが警告していたのはこのことだったのか。


「演習で船をぶつけたら艦長も操舵手も終わりだ。ムバラク、あれと張り合う気はあるか。」
 彼らの横をすり抜けていく大型戦艦を指さしてライヒが言った。元「シェパード」の操舵手ムバラク中尉は、現在は「ポインター」の操舵手である。
「悪い冗談はやめてください。」
 ライヒの言葉にムバラクは肩をすくめた。
「いずれにしろ、ジ・エンドだ。」
 ライヒは航海長に基地への帰投を命じた。
「午後にはまた演習だ。今度は防空戦闘で、あの「エイジャックス」の護衛任務だ。」
 護衛対象の艦の名前を聞き、乗員のブーイングが飛んだ。
「あの艦に護衛なんかいらないんじゃないですか!」
 砲術長のスコットが言った。
「巡洋艦より動けるし、艦載機は積んでいるし、ひきょうだ!」
 まあそう言うな、ライヒは不平を言う乗員らをなだめると、艦長席に腰を下ろした。このところ、第七戦隊の訓練は強化されている。






〇〇九八年一月
ソロモン艦隊 戦闘巡洋艦「エイジャックス」


ール左三〇、舵戻せようそろ、速度第二戦速。」
 第七戦隊の旗艦を撃破したことを確認したマーロウ大佐は、首席操舵手のバーナード大尉に艦を惑星水準面に水平にするよう命じた。上下の区別のない宇宙空間では必要のない操作だが、彼の美学、見栄えの問題である。
「フッド提督の旗艦と合流して基地に帰投する。アシュリー、あと何分で合流できる。」
「現在の速度では、およそ二〇分。」
 プレスコット航海長が艦長に答えた。
「六隻中五隻撃破、うち三隻は接敵後五分以内、できれば全艦沈めたかったが十分だ、諸君、よくやった。」
 マーロウはそう言い、乗員の労をねぎらった。その指揮ぶりを司令席に腰掛けた金髪の女性が見守っている。
「さすがね、エドワード、もうあなたに教えることはないわ。」
 エイジャックス艤装員長、キャサリン・C・マクニール大将が戦艦の司令席から艦長の操艦をほめたたえた。
「それとヒラリー、あなたの腕前も艦隊一ね。」
 操舵手のヒラリー・バーナード大尉の腕前も褒めたマクニールは一年戦争時代の軍人で、共和国の艦隊戦術の第一人者である。マシュマーとマーロウの師で、同盟軍の時代から、最新鋭艦は彼女が艤装員長、初代艦長を務める習わしとなっている。一年戦争とその後のデラーズ戦争における彼女の戦功に敬意を払っての慣習であり、彼女の眼鏡に叶わない艦は共和国では宇宙に出ることができない。
 先代の作戦部長でもあり、現在は国防省参事のほか、内閣国防調査室長を務めている。年齢は五五歳、共和国で最も階級が高く、最も尊敬されている提督である。
「でもエドワード、あなたにはこの席の方が今の席よりも似合っていると思うわ。」
 「星」は趣味に合わないと、彼は彼女に答えた。マシュマー邸での会談の後、彼女を彼の説得に送ったのは、おそらくあの男の差し金だろう。マクニールは言葉を続けた。
「知っての通り、我が艦隊はガイアに遠征する。遠征艦隊には指揮官が必要。しかし、適性のある者は多くない。」
「クリストファー提督やスコッティ提督など、優秀な方は他にもいると思います、アドミラル・マクニール。」
 艦長の言葉を彼女は首を振って否定した。
「彼らには別の仕事がある。それにエドワード、もしあなたがライヒ大佐の立場だとして、今の攻撃をかわせるかしら。」
「マーロウ大佐なら、できると思います。」
 副長のアーナンダ・ブッダ大佐が言った。昇進し、艦長と同階級の副長だが、先任順のため、現在はマーロウに艦の指揮権がある。が、やりにくいことも確かである。
 ブッダの他にも、機関長にはワシーリー・ブニコフ「大佐」が配属され、飛行隊長にはスーナボン・スラキアット「大佐」が内定しているという噂があり、新旧作戦部長がタッグを組んだマーロウ包囲網は狭められている。
「アーナンダ、自艦のみならず、艦隊も保全してよ。単に逃げ足が速いだけの艦長なら、我が艦隊には必要ない。それができる提督をアガスタ派遣艦隊の司令官にする。」
 仏陀頭の副長にマクニールが言った。
「そのことは、本官よりも提督の方がよくご存知だと思います。マーロウ大佐は他ならぬ提督の教え子ですし。」
 金髪の女性提督にブッダが言った。
「私の結論はもう出ている。エドワード、あなたはいつまでこの忠実な部下にバツの悪い思いをさせておくおつもり?」
 年配だが魅力的な金髪の女性提督の碧眼に見つめられたマーロウは肩をすくめると、後事を副長に任せてそそくさと艦橋を出て行った。その煤けた後姿を見て彼女が呆れる。空席になった艦長席には、彼の制帽が置かれている。
「マーロウ大佐にも困ったものね。マシュマーの方がずっと楽だったわ。彼が昇進しなくて、いったい誰を提督に昇進させるの!」
「本官も艦長は昇進した方が良いと思っているのですが。」
 ブッダが言った。それを聞いて彼女がフンと鼻を鳴らす。
「コーヒーを持ってきてちょうだい、アーナンダ。ああ、腹が立つ。どうしてこんなに意固地なのかしら、あの地球人。」
(つづく)




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