Mobilesuit Gundam Magnificient Theaters
An another tale of Z ATZ資料集(20)




9.ドロドロ愛憎編

 長い別居生活に疲れを感じているマシュマー、夫婦仲の冷え切っているハウス、そして、その愛憎の渦に巻き込まれるカガリナとカーター。彼らの顛末は本編でも書かれていますが、実は作者は色々な話を作っていました。





オルドリン市 百貨店「ハロッズ・オルドリン」


「あら、本当にご夫婦みたいね。」
 マシュマーとチェーンは待ち合わせ場所のハロルド・サーカスで先に待っていたドリス母娘とアイリス、そしてアンドリューとユウコのハウス夫妻と顔を合わせた。マシュマーに声を掛けたのは大きなネックレスをし、外出着のやや古風なドレスで着飾ったドリス夫人である。
「お似合いですわ、マシュマー提督、そしてチェーンさん。」
 盛装した母親とは対照的なTシャツにジーンズ姿のアルマの言葉に、彼らは顔を見合わせた。
「結婚するなら早くした方が良いわよ。」
「いや、、そんなつもりでは、、」
 ドリス夫人の言葉に頬を赤くしたマシュマーは両手を振った。
(この中で真相を知っているのは俺だけなんだろうな。)
 妻と共に買い物袋を持ったハウスが、ドリス母娘に囃されているマシュマーとチェーン、そしてアイリスを見比べて思った。
「私たちも最初はあんな感じだったのかしら。」
 不意に声を掛けた妻ユウコの顔をハウスはチラリと見た。ベルトーチカとの関係については、女の勘という奴だろうか、薄々感づかれている感じがする。
「今だってお似合いなんじゃないのか。」
 ハウスはややぎこちない笑みで妻に微笑んだ。このところずっと寝てない。
「ウソばっかり。」
 彼女はそう言うと夫を残してマシュマーらの方に歩み寄った。


〇〇九八年六月八日 夜 レストラン「レガリア」

 このところ曇った顔をしているハウス中将がカーターとカガリナを食事に誘った。昼前にハウスから声を掛けられた彼女は労働局からダッシュで下宿に戻ると、盛装して会合場所のレストランに駆けつけた。どういう風の吹き回しか知らないが、国防省の重要人物と会食できるなど、千載一遇のチャンスだ。
「面白い服だね、新手のファッション?」
 さっそく愚弄されてしまった。張り切ってレストランにやって来た彼女が、ここ一番の勝負服として、夜なべであり合わせの布地で縫い上げた服を見たカーターがコメントする。胸元の黒地に手縫いの花柄模様が寒い。街を行く垢抜けたファッションのオルドリンっ子と比べると、絶望的に遅れている。
「オーブルでは服なんか高すぎて買えないんだ。自分の服は自分で縫う、女性のたしなみだ。伴侶ができたら伴侶の分もあるね。」
「いいなあ、それ。」
 カーターが羨望の声を上げる。
(さっきまでけなしていただろ、コイツ。)
 カガリナはそう思ったが、ハウスに促されて簡単に身の上話をした。


「実は医学部に進みたいんだ。この国は大学の授業料は国立も私立も無料だろ。」
 だから参考書など修学費用を貯めていると彼女は彼らに言った。その言葉にハウスが顔をほころばせる。彼も工員の息子だった。
「我が軍でも退役して医者になった者は少なからずいる。軍医や看護士も一般大学出身の方が軍医学校よりも多い。同じことは士官にも言える。我が国の士官学校には他国ほどの権威はない。現に私もエゼルハートも一般大学の出身だ。」
 ハウスが言った。この国は他国と異なり、権威やエリートコースを作らない制度設計になっているという。
「どこの組織にもコースというものがあるんだ。狡猾な人間はそれを細大漏らさず調べ上げていて、自分らの息の掛かったシンパを送り込んでいく。だから、我々はそれを壊す。国家の利益にならないからだ。」
 それから話はヴァリアーズ・ファンドの話になった。実は自分にも浅からぬ因縁がある、と、ハウスは総帥のヒューゴーについて話を始めた。


同日夜 レミュール街

「エゼルハート、これどうする?」
 夜の繁華街を闊歩するカガリナは、ハウス中将からもらった二枚のチケットをカーターに見せた。オルドリン市に居宅のあるカーターは官舎には住んでおらず、実家の雑貨店から国防省に通勤している。
「どうすると言ってもね、彼もどういうつもりなんだろ。」
 らしくない情報部長の態度にカーターがぼやいた。
「奥さんと行くつもりだったらしい、うまく行っていないのかな。」
 カガリナがカーターに言った。映画のチケットは「ガイア最後の日」、歴史映画だが、くれるなら映画の内容も吟味して欲しかった。
「そのチケットは君に預けるよ。」
 カーターが言った。映画に興味はないらしい。歴史オタクと聞いていたが、実際はそうでもないのか。
「着いた、ここが僕の家だ。」
 彼がそう言い、「カーター雑貨店」と書かれた小さな店を彼女に指差した。コンビニでもなく、スーパーでもなく、ごく普通の雑貨店だ。こんな店がこの都会でつぶれずに残っていること自体が不思議だ。博識のハウスなら理由を知っているだろうが、一部が剥げかけた看板を見上げたカガリナは思った。
「ああ、じゃあ、さよならだな。」
「また会えるかい。」
 国防省でいつも会っていると彼女は思ったが、どうもそういうことじゃないらしい。彼は彼女が渡したチケットを手に取った。
「二枚くれたということは、二人で行くという意味だと思う。」
 彼からデートの申し込みを受けた彼女は頬を赤らめた。
「そんな、いきなり言われても、、」
「僕じゃ、やっぱダメかい。」
 その時、彼を呼ぶ母親の声がした。
「じゃ、約束だよ。」
 雑貨店に入っていく彼とお辞儀をする母親に手を振って彼女は別れたが、帰りのバスで彼女は少し考え込んだ。
「これは関係構築ということなのかなあ、、」
 諜報員としてはそう考えるべきだと彼女は思った。言われてデートの約束をするのではなく、言われる前に誘うべきではなかったか。カーターは射程外だったが。
(諜報大学校なら、落第だな。)
 通常、女性工作員の場合、彼女が受けたよりも過酷な訓練が課される。情交関係は諜報のレッスン・ワンで、訓練生の女性は半ば輪姦とも言える過酷な訓練を受ける。が、父ウズミラはそこまでは彼女にさせなかった。実際、そうした訓練を経た諜報員候補生は彼女から見ても「女として違って」いた。自分はまだ少女っぽさを残す一処女にすぎない。友人には出産した者もいるが。
(自分とカーターが「している」というのも、ちょっと想像できないものがある。)
 それに、と、カガリナは思った。彼女に何度もお辞儀をしていた彼の母親も、幼い頃に母を亡くし、母親の面影を知らない彼女に酸味のある感覚を感じさせた。彼を諜報活動に巻き込むことは、気が進まない。
(つづく)




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