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An another tale of Z ATZ説話集(197)




53.同盟の夏姫



 2009年の改訂時に挿入したエピソード二話のうちの一つ。本編第六話と七話の間の話ですが、あまり面白くない話だったこともあり、2011年の再改訂時には割愛されています。ただ、外惑星が主な舞台であり、珍しい外惑星航路がメインのエピソードのため、本編五〇〜五二話の当該部分の下敷きになったエピソードです。木星から帰国するハマーンを扱ったエピソードは挿話集にも「外惑星の戦い」、アイリスの影」などいくつか収録されています。

前回のあらすじ

 改訂前ではおなじみの「前回のあらすじ」、ATZの旧版「青い空と白い雲」では各話冒頭にオープニングとして簡単なストーリーの紹介が書かれていました。この様式はより小説色が強くなったATZでは全廃されています。

〇九二年、凄惨な一年戦争から一二年後の人類社会は分裂抗争の時代にあった。勃興した諸勢力が内惑星や外惑星で覇を競い、地球から遠く離れた木星もその例外ではない。我らがヒーロー、「自由コロニー同盟」の若き青年士官マシュマー・セロは、同盟の明日と木星圏の平和を守るため、日夜戦っているのだ。
 宙域パトロール中の巡洋艦『シェパード』と『レガリア』は漂流する巡洋艦『コンブル』を救助する。『コンブル』は謎の組織ティターンズの所属艦だった。不審な気配を感じつつも同艦をデルタ基地に連行するライヒとアロイス。一方、帰国中のハマーンは帰路の同盟ガンマ基地を襲うやはり謎の艦隊と遭遇し、リゲルグでこれを撃退するのだった。
 巡洋艦『コンブル』はデルタ基地で修理を続行している。しかし、同艦の乗員と同盟艦隊との間には摩擦が生まれつつあった。






※外語表現はATZはカタカナですが、旧版では原語表記が原則です。

〇〇九三年一〇月二六日
同盟国防局 作戦部長室


捕したマトッシュ准将以下のティターンズ乗員は現在は地球に向けて連行中、尋問(interrogation)の結果ははかばかしくないようね。」
 フッド提督の報告書を読んだ同盟軍作戦部長、キャサリン・C・マクニール中将は補佐官のユーリ・ヤゾフ中将に意見を求めた。前木星派遣艦隊(Jupiter expeditionary fleet)司令官のヤゾフは現在は作戦部長付の補佐官としてレミュール街で勤務している。既に退役の日程が秒読みに入っているが、残された期間を彼の崇拝するある女性のために使おうとしている。その女性の横顔を彼はしげしげと眺めた。
「キャサリン、もう三〇年若ければの、儂も貴女にプロポーズするのじゃが。」
「いけませんわ、ユーリ。」
 同盟軍の作戦部長は評判の美女である。歳を重ねても美貌が衰えず、むしろ益々魅惑的に見えるようになっている彼女を、同盟のある軍事ジャーナリストは史記列伝にある中国春秋時代の怪女、「春秋の夏姫」に喩えている。が、彼女が人気者なのは単に美貌だけが理由ではない。彼女以上の美貌の持ち主ならタレントや女優、モデルにはいないわけでも無いだろう。
 決め手はその制服姿である。同盟軍の標準服はそもそも彼女のためにデザインされたのではと思えるほど、彼女には黒のブレザーとズボン、そして白いワイシャツに黒ネクタイという、ジオン占領下のルウム防衛隊(die Loum Landwehr)が制定したこの制服が似合っているのだ。
 大戦中にルウムを占領したジオン軍が制定したこの制服は、同盟時代には「忌まわしいギレン・ザビの亡霊」と、何度も廃止が検討されたが、予算の都合と(戦後の同盟軍は一貫して低予算であった)、おそらくはこの制服を気に入っている目の前の人物の反対により、今に至るまで標準服として用いられ続けている。
 この漆黒の制服は噂ではマ・クベ大佐自らがデザインし、ロンドンのザビル・ロウの仕立屋に縫製を頼んだものと言われているが、あのキザ男ならありそうなことである。彼女とこのジオンの執政官はキシリアの指図でマ・クベがオデッサに転属するまで、総督府の同じ建物で仕事をしていた。あの美貌ゆえ、制服の制定者とは個人的な付き合いはあったかも知れ


ないし、無かったかもしれないが、それは彼の知る所ではない。同じ頃の彼は戦艦カリストの艦長としてジオン軍と戦っていたからだ。
 制服の話はもういい、仕事をせねば。「同盟の夏姫」、確かにそうじゃわい。彼は彼女の姿から目を離すと、手渡されたフッドからの報告書を見た。文字が読めない? 何かいつもと違うと思ったら、彼の眼前に老眼鏡を差し出している白い手があった。彼は彼女に礼を言うと、老眼鏡を掛けて報告書に目を通した。マトッシュ某の話はいい、もう終わったことだ。フムフム、と、報告書を読む彼を彼女はじっと眺めている。
「ブレストンはできれば、『ドバイ』、『アンマン』を破壊するのではなくて、拿捕して欲しかったのだけど。」
「それは彼に酷(too severe)というものじゃ。」
 予想外の珍客があり、ブレストンが到着する前に戦いがほとんど終わっていたことは幸いだったが、逮捕したティターンズ部隊の総数は五〇〇名超、これはガンマ基地の守備兵と『エイストラ(Eistla)』全乗員を合わせたよりも多かった上に、航行不能ではあったが新型サラミス二隻の武装は完全で、モビルスーツ三機も残っていた。沈めるしか無かったというのが彼の考えで、その点は彼女も同意見である。
「連邦大使からは抗議が来ましたけど、ガンマ基地から送られた映像を見せましたら沈黙しましたわ。以降はなしのつぶて。恐らく、『コンブル』同様、タイタニアを侵略した四隻のうちの二隻だと思いますけど。」
 艦名は分かっている。『コンブル(Conbul)』、『ドバイ(Dubai)』、『アンマン(Anman)』、『シュラクサイ(Syrakousai)』、これらは新型サラミス級タイプ1の姉妹艦で、レダの大敗戦で欠陥艦とみなされたこのタイプは連邦艦隊からは全て除籍され、解体された艦を除く全艦が創設中の『ティターンズ』に流れている。エアハルト元帥からの情報で同級四隻がタイタニアに向かったことが判明し、八月に同地の警備隊と交戦したが敗北して落ち延びた。そこまでは分かっている。
「非武装化宣言(JDT)さえ無ければの、『コンブル』も直ちに武装解除するのじゃが。」
「ユーリ、リーデル政権は連邦と事を構えたくない。分かっているでしょ。ティターンズがいかがわしいことは分かっているけど、今の我々には彼らの艦を修理して送り出すしか方法が無い。先にハマーンにそうしたようにね。フッドの第一巡航艦隊を派遣したのもそのため。衝突はガンマのように止むを得ない場合以外は避けたい。」
 現在の派遣艦隊司令官はあのエドワード・マーロウである。議会から承認のあるまでは代将(commodore)という、いわば「仮免中」の司令官で、その采配は彼女の見るところ、ちょっと危なっかしい。
 その後、マクニール作戦部長は月に向かった。条約の批准式(ratification)とグラナダのモビルスーツ博覧会(Granada Mobilesuits Exhibition in 0093)を見学するためである。同盟のモビルスーツの近代化には、艦艇畑の彼女も関心が薄いわけではない。





〇〇九三年一〇月二七日
同盟デルタ基地 第一八埠頭
軽巡洋艦『コンブル』


洋艦『コンブル』の寄港から三日目。
 工廠長のドルンベルガーが「二〜三日もあれば終わる」と豪語していた『コンブル』の修理は、三日経った今でもあまり進んでいない。損傷自体は派遣艦隊の基準から見ればむしろ軽微だった。タンクの修理は終わり、今は艦はドックの外に出されている。
 遅延している理由は作業内容ではなく、援助を申し出た同盟に対し、『コンブル』乗員が極めて非協力的だったことによる。立入区画が制限され、ハリス大尉ら『コンブル』作業班は些細な機器のチェックにすら、小銃を背負った乗員の許可を要した。
 この区画の作業を指揮するアーサー・ハリス大尉は小銃を持った乗員と機関室付近の配管をチェックしている作業服姿のヤナ・カバエフスカヤ一等兵曹(petty 1st)の後ろ姿を見比べている。彼女は超音波診断装置で配管をチェックしており、機関部の修理はかなり進んでいる。
 彼自身は近くのコンソールを点検している。元々センサー担当士官で電子専門学校を卒業した電子機器のエキスパートだからという名目だが、本当のことを言うと、作業開始以来、彼女を興味深めに見つめる乗員どもの視線が気に入らなかったからである。
 腰のホルスターの拳銃はいつでも抜けるようにボタンを外してある。胸ポケットにはヘルシング隊長からもらった手裏剣もある。
(あいつらの目は犯罪者(criminals)の目だ、気をつけろよ。)
 というのが手裏剣を彼に手渡した、元ジオン軍でデラーズ戦争をくぐり抜けた勇者パイロットの言である。忠告は聞き入れるべきだ。ポケットの手裏剣を手でまさぐった彼は思った。

(つづく)




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