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An another tale of Z ATZ説話集(189)




52.コンブル事件



 2009年の改訂時に挿入したエピソード二話のうちの一つ。本編第六話と七話の間の話ですが、あまり面白くない話だったこともあり、2011年の再改訂時には割愛されています。ただ、外惑星が主な舞台であり、珍しい外惑星航路がメインのエピソードのため、本編五〇〜五二話の当該部分の下敷きになったエピソードです。木星から帰国するハマーンを扱ったエピソードは挿話集にも「外惑星の戦い」、アイリスの影」などいくつか収録されています。

前回のあらすじ

 改訂前ではおなじみの「前回のあらすじ」、ATZの旧版「青い空と白い雲」では各話冒頭にオープニングとして簡単なストーリーの紹介が書かれていました。この様式はより小説色が強くなったATZでは全廃されています。

〇九二年、凄惨な一年戦争から12年後の人類社会は分裂抗争の時代にあった。勃興した諸勢力が内惑星や外惑星で覇を競い、地球から遠く離れた木星もその例外ではない。我らがヒーロー、「自由コロニー同盟」の若き青年士官マシュマー・セロは、同盟の明日と木星圏の平和を守るため、日夜戦っているのだ。
 解任されたマシュマーとハマーンは共にエウロパに赴き、最後の別れをした。そしてハマーンはジオンに旅立ち、マシュマーもまた同盟への帰路に就く。一方で、各々の本国では彼らに対する疑惑を疑う者、利用しようとする者が策謀を巡らし、彼らの前途に影を投げかける。それを察したマシュマーとハマーンは二度と会わないことを条件に互いに記憶を封印した。シャア・アズナブルは打倒公王制を胸に秘める者として、ハマーンとマシュマーの関係に関心を持った。
 傷心の皇女を乗せた専用船『アルペンローザ』号は高速力で地球に向かっている。そんな彼女をある事件が待ち受けていた。






〇〇九三年一〇月一六日 九時一四分
衛星リシテア付近
木星派遣艦隊 軽巡洋艦『レガリア』


※外語表現はATZはカタカナですが、旧版では原語表記が原則です。

遊星通過、右舷側方六〇キロ、推定質量一六万トン、相対速度毎秒二〇,〇〇〇。」
 この宙域での航行は少し注意が必要だ。軽巡洋艦『レガリア(Regalia)』艦長、イグナチウス・アロイス少佐は側面を通過する暗礁宙域の小遊星を横目で見つつ思った。定時任務である木星圏外縁部(outer rim)の宙域パトロール。退屈で単調な仕事だが、付近を航行する輸送船の安全確保のためである。第七戦隊はフォーメーションをルーズに取り、その分、広範な宙域のパトロールを行っている。
 三ヶ月前の大会戦以降滞っていた修理もほとんど終え、『レガリア』のSM(Scania Motors)−404エンジンは快調な唸り音を上げ、艦は暗礁宙域を疾駆している。時折、数ミリ〜数センチ角の小片(debris)がエネルギー中和磁場に接触して閃光を上げる。
「艦長、前方二時の方向に未確認飛行物体(unknown)。船舶と思われます。推定距離三万キロ。」
 未確認とは何だ、報告するセンサー担当士官(SIO)に彼は文句を言った。木星圏にはミノフスキー粒子による攪乱は無い。ましてや外縁部では散布範囲が広範すぎ、艦船の移動速度も準惑星間航行速度(quasi-interplanetary speed)と速いことから、そんなものを散布したところで粒子の存在自体を探知され、自艦の位置を暴露するのがオチだ。レダの連邦艦は戦況が不利になるほどこれをばらまいたが、おかげで広大な戦域での連邦艦の探索には苦労しなかった。彼はSIOに探知した船舶のデータをパネルに表示するように言った。データを一瞥した彼が首を傾げる。
「これは民間船(commercial)じゃないぞ。」
 民間船にしてはエコーが弱すぎる。位置も民間航路(merchant route)から大きく外れている。この時代の戦闘艦はほとんどがステルス装備を持っており、デブリ排除用の荷電粒子デフレクター(deflecter)の応用で電磁波の反射を抑制する装置も標準装備している。つまり、「レーダー反射が弱い=戦闘艦」という等式が成り立つ。


 会戦以降、『レガリア』が遭遇した軍艦といえば、同じ同盟艦か、あるいはジオン公国の軍艦以外に無い。センサーが捉えた情報を分析した結果は木星にあるどのジオン艦、同盟艦とも異なっている。ムサイにしては大きすぎ、チベにしては小さすぎる。
「ネメシス級(Nemesis class)でしょうか、木星で配備している国は無いはずですが、これはチベとほぼ同じ大きさで、同じようなセンサー係数を持っています。」
 ネメシス級は地球連邦が旧型のマゼラン級の設計を参考に、パッチ2型の設計を応用して大量に建造した護衛戦艦(escort battleship)で、一二インチ(300o)の三連装砲を三基九門備え、一万一,五〇〇トン。能力の割に大型であることから一年戦争中は代用戦艦として用いられ、戦後は各国に売却された。カテゴリーとしては大型の護衛艦に属する。
「クラリッサ、新型サラミス、タイプ1のデータをインストールしてくれ。」
「アイアイサ(aye)。」
 イヤな予感があった。通例、妨害の無いこの距離でなら、『レガリア』のコンピュータはどんな軍艦でも識別できる。最新型のAPG−5052火器管制装置は従来の1551の十倍の演算能力を持ち、精度の低い断片的なデータから艦の総合戦闘力を割り出すことさえ可能なのだ。シルエットはサラミス、総合判定はネメシス、こんなへんてこな軍艦は彼の記憶するところでは一つしかない。
 新型サラミス級タイプ1(New Salamis Type1)のデータは現在までの所、同盟軍では派遣艦隊しか保有していない。データが揃っていない上に、プログラムのバリデーションが未了だからだ。タイプ1は地球連邦の次期護衛艦として四〇隻ほど作られたが、レダであまりにも多くの同型艦が戦没したために運用が停止され、除籍が取り沙汰されている艦種である。
 しばらくして、新型サラミスのサブルーチン(sub-routine)を追加し、プログラムを修正した女性SIOが分析した遠方の艦の解析結果を示した。
「新型サラミス級、タイプ1(New Salamis Type1)。艦長の読み通りでしたわ。」
 レダの亡霊かよ。『チェンマイ(Chiang Mai)』を代表とするこのタイプは従来のサラミス級より倍近く大きく、武装も主砲である六インチ(150o)連装砲を八基一六門に加え、四八〇ミリ四連装ミサイル発射管二基八門、さらにメガ粒子両用砲の一〇インチ側面砲連装二基四門という重巡(heavy cruiser)クラスの装備を持っている。サラミス級と銘打っているが、事実上の新型艦で、重量は五,八〇〇金属トン。
 第九艦隊の運用のまずさと、レダで判明した構造上の欠陥さえ無ければ、モビルスーツを艦載でき、センサーも武装も強力なタイプ1は次世代軍艦のスタンダードともいうべき軍艦だった。スペック上も、中型の三六〇ミリミサイルと六インチ単装砲七門しか持たないレイピア級『レガリア』より遥かに強力な戦闘艦である。
「一隻では心もとない。パーシー少尉、『シェパード(Shepard)』を呼び出せ。ライヒと共同してインターセプトする。」
「アイアイサ。」
 僚艦に通信を送った後、彼は航海長に増速を命じると、『シェパード』との会合点まで艦を走らせた。航走中、彼は鹵獲した同艦を調査した艦隊工廠のデータを呼び出し、乗員にタイプ1の特徴を説明する。
「デルタでの調査の結果では、このタイプは前部の甲板防御に欠陥がある。また、タイプ1は縦旋回の強度制限がレイピアより低く、巴戦か垂直シザーズ戦闘に持ち込めば武装が半分のレイピアでも一対一で十分戦える。これはレダで実証済みだ。」
 接近にはリスクも伴うが、頑強な船体を持ち、快速を誇るレイピア(Rapier)級が二隻がかりでかかれば、接敵の方法次第では、モビルスーツを持つタイプ1でも互角以上に戦うことができる。加えて、『シェパード』の艦長はできる男だ。少し離れているが、通信を受けたライヒ艦長は今頃大急ぎで艦をこちらに走らせていることだろう。





〇〇九三年一〇月二二日 午前
ハマーン専用船 『アルペンローザ』


ウロパでマシュマーと別れたショックもあり、絶食状態だったハマーンが珍しく快活な様子で私室から現れた姿を見た侍従頭のニーナ・ヘンデル夫人は安堵した顔をした。彼女は堅い顔の夫人や侍女を横目にそのまま船の操縦室に赴くと、『アルペンローザ』の女性船長アンドレア・ヴァティラーナ女史としばらく話をし、上機嫌な様子で船室に戻って来た。ジオンのハマーン専用船はこの船長も含めクルーは全て女性である。操縦室から戻ってきた彼女に夫人が声を掛けた。
「何かお気持ちに変化でもございましたの?」

(つづく)




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