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An another tale of Z ATZ説話集(186)




51.マツナガ隊&コンスコンの最期

 外伝のエピソードですが37話では採用を検討したエピソードです。マツナガの特異な人格が出ているように思います。




〇〇七九年一二月二日、ソロモン要塞

ルレアン海戦から二日後、サイド5の宙域にあるソロモン要塞では、グスマン戦隊の隊員葬がしめやかに挙行されていた。なぜ仏式でもなく、神式でもなく、キリスト式でもなく、イスラム形式なのかは、これを執り行った主たる人物の思想信条による。

『、、確かに彼は汝らの大部分を迷わせた。どうして汝らは悟らなかったのか。これは汝らに約束されていた、地獄である。(コーラン三六章六二、六三節)』

 整然と並べられた棺に向かって、司祭役の男が経を読んでいる。コーランの死者の章、ヤー・スィーン章を朗読する司祭役、シン・マツナガ大尉の目には光るものがあった。本当に死者を悼んでいるのだろう。サイド4で死んだパイロットの葬儀に出席したケリー・ギャレット少尉は思った。
(この節の「彼」とは確かシャイターン(悪魔)だったっけ、イスラム教の伝承の多くはキリスト教やユダヤ教から来ているとギュネイは言っていた。)


ラ・フォッス「悪魔の誘惑を受けるキリスト」

 ジオン軍の礼装で葬儀に参列していたギャレットは、ふとジオン大学で彼に政治を教えた老政治学者を思い出した。あの尊敬すべき碩学は、こんなご時世でも研究室でカビの生えた本を研究しているのだろうか。

『、、汝らは考えないのか。余は一精滴から彼を創ったではないか。それなのに見よ、彼(シャイターン)は公然と歯向っている。(コーラン三六章七九節)』

 しかし、ずいぶん数が減ったもんだ。航路を狙う連邦の遊撃隊の活動が活発化していることは聞いているが、それだけではあるまい。集合した死者やギャレットの同僚のパイロットらの顔ぶれを見たギャレットは思った。明らかにいるはずの顔がいない。
(軍が使えるパイロットを片っ端から抜き出して、地球に送って戦死させたからだ。)
 たった十一ヶ月の間に、ギャレットの知る熟練したパイロットの多くが慣れぬ地上戦で戦死し、今は見るからに童顔で経験不足の予備士官が同じ尉官の肩章を付けている。彼はその光景に空恐ろしいものを感じた。彼の見る戦争の形相にはすでに死相が出ている。
(だが、上層部はそれを認めない。)

『、、彼こそ凡ての称讃あれ。その御手で万有を統御なされる御方、汝らは彼の御許に帰されるのである。(コーラン三六章八三節)』

 マツナガが経典を閉じ、戦隊長のグスマンが合図して棺をエアロックから射出した。敬礼して同胞の棺を見送ったギャレットは葬儀の様子を見に来た段上のドズル中将の姿をチラリと見た。中将はすぐに姿を消したが、彼がサイド6に送ったコンスコン隊の話は聞いている。この期に及んでまだ兵力の逐次投入をやろうというのか。考え込んだ様子の彼の肩を、読経を終え、片手にコーランを持ったマツナガがトンと叩いた。








〇〇七九年一二月
ジオン公国軍 軽巡洋艦アクメル


※外伝のエピソードですが37話では採用を検討したエピソードです。宇宙ムスリムであるマツナガの日常です。彼と同時に部下で後にジオンではデラーズに同調した狂信の徒とされているギャレットが実は案外理性的な性格であることも分かるエピソードです。

ッラーのほかに神なく、ムハンマドはアッラーの使徒である、、」
 シン・マツナガ大尉は弾薬庫の一角に茣蓙を敷いて正座すると、遠く地球を臨んだメッカの方向に平伏し、アッラーの神に祈った。ジオン侵攻作戦の折、オデッサにあったモスクは彼の冷酷で油断のならない駐留軍生活のいわば心の拠り所であった。導師(ラビ)が彼をコーランの世界に導き、預言者マホメットの教えを知った彼は、ジオンの地球侵攻作戦が聖戦であること、総帥ギレン・ソド・ザビがマホメットの生まれ変わりであると信じるようになっていた。
「アッラー・アクバル(アッラーは偉大なり)」
 敬虔に礼拝する上官の様子を副官のケリー・ギャレット少尉が胡散臭そうな表情で眺めている。導師は全ての砲弾や砲身にこの文字を書き込んでいる。
 やがてマツナガが顔を上げた。不審そうな様子のギャレットに上官は言った。
「弟子よ、我々はジオンとアッラーの教えを地上に実現させるために戦っている。ジオン・ズム・ダイクンやギレン総帥は預言者ではないかもしれない。しかし、預言者マホメットが現れてから既に二千年、地は再び乱れ、時代は新たな預言者を必要としている。ジオンの教えは形を変えたアッラーの教えに他ならぬ。」
 コーランではイスラム教の最後の予言者はマホメットである。あまりにも有名すぎるこの事実を覆すのはマツナガでも難しいだろう。一応、ギャレットの理解では、彼はマツナガの弟子(アプレンティス)ということになっている。彼は導師を作戦室に誘った。
 作戦室に向かいつつ、マツナガは聖典の一節を諳んじた。

『遊牧民(アラブ)たちは「我々は信じる」と言っている。言ってやれ、「お前たちは信じていない。ただ我々に服従する」と言っているにすぎないのだ。お前達の心の中にまだ信仰は入っていない、、(コーラン四九章一四節)』

「サイド4の民は、我々を信頼していなかったということですか、大尉。」
 上官は頷いたが、そういうものでもなかっただろうと、軍に入る前はジオン大学法学部で政治学を専攻していたギャレットは思った。サイド2のコロニーを地上に落下させ、甚大な犠牲者を出した「アイランド・フィッシュ」作戦。宇宙に取り残された他のコロニーは半ば恫喝され、泣く泣くジオン公国に併合されたというのが彼の知る事実だ。

『、、もし汝らが、わがしもべ(ムハンマド)に下した啓示を疑うならば、それに類する一章を作ってみよ。もし汝らが真実なら、アッラー以外の汝らの証人を呼べ。もし、汝らができないならば、いやできるわけもないのだが、それならば、人間と石を燃料とする火獄を恐れよ。(コーラン2章二三、二四節)』

 コーランは聖典の曲解を禁じるが、マホメットとギレンを結びつける解釈は曲解の最たるものだろうとギャレットは思った。ジオン軍における上官の奇矯な言動にはもう慣れたが、やはり、彼の言動と行動には、常人の理解を超えたものがあると言わざるを得ない。
 だが、彼が今日まで生き残って来れたのは、マツナガの卓抜とした技量と、彼が見ても神がかりとしか思えない、マツナガの戦機を見るセンスにあったことは否めない。他の部隊に配属された彼の同期の多くはとっくに戦死し、この世にはいない。
(最後までついていくしかないな。おそらくジオンは負けるだろうが、シン・マツナガは不敗だろう。GMがビーム兵器を撃つ前にダガーを突き刺すなど、俺にはとてもできない。)
 それに彼には責任がある。明らかに年齢を偽っているあのクリスチャン・ヴァン・ヘルシング少尉、恋も知らなければ女も知らない。それにグスマン戦隊の乗員や他の隊員たち。生命を顧みない戦争の天才である上官に代わり、自分には彼らを故郷に送り届ける義務と責任がある。
(戦争が終わったら、後は知るもんか。ムスリムもビーム兵器ももうこりごりだ。俺はローラと幸せに生きるんだ。それまではコーランでも何でも聞いてやる。)
 ギャレットは作戦室のドアを開いた。
(つづく)




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