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An another tale of Z ATZ説話集(184)




51.レジスタンス

 バビロニア要塞の崩壊と共に要塞を脱出したレジスタンスの闘士トダカはザビーネらとは別にクロスボーンの残党を率い、占領軍に対する長く苦しい戦いを始めます。第三部の中盤から最終話まで続くガイア内戦の断片的な挿話。なお、彼が脱出したクロスボーンの要塞は初版では「オノゴロ」でしたが、後により適切な「コスモ・バビロニア」に変更したことがあります。




〇〇九九年末
サイド2 コロニー「フロンティア04」


イイチ・トダカの軍隊は転戦している。崩壊した宇宙要塞「コスモ・バビロニア」から辛くも脱出した元准尉は亡命政権に反感を持つ諸勢力と連絡を取り、各地で反政府活動を繰り広げている。〇〇九九年は月のグラナダで太陽系連合条約が批准された年だが、連邦に占領されているフロンティアには関係のない話だ。首都に拠点を持つAMDC(反マイッツアー亡命委員会)政府の摘発はむしろ強化されている。彼は丘の上で双眼鏡をかざした。双眼鏡のレンズには遠望したAMDCに協力している連邦部隊、ライラ・ミラ・ライラ中佐指揮する第三艦隊のプチモビ部隊が映っている。
 初期の作戦で制式機「ネモ」の市街戦での喪失が予想を超えたものだったため、ライラの部隊はネモの後に投入され、市街戦で欠陥を露呈したYPM−142Aシュリケンに代わり、新たに装備したマリオネット社のプチ・モビルスーツ、MA−1を用いている。MA−1は通常のモビルスーツに比べ、上下に潰れたような造形を持つことから、トダカらは「フロッグ(カエル)」と呼んでいる。連邦の軍需品メーカーが市街地制圧用に設計し、元は民生機だったシュリケンよりは手強いが、対抗できない相手ではない。
「フロッグ二〇台、装甲車が二台か。大したものではないな。」
「あなたの敵ではないということね。」
 双眼鏡を降ろしたトダカは薄茶色のローブを纏い、彼に寄り添った女性の顔を見下ろした。額に月のマークのバンダナを捲いている女性の肌は驚くほど白く、神秘的で落ち着きを湛えた大きな瞳が彼を見つめている。彼の胸に当てられた手を彼はそっと離した。



「警戒心が強いのね。」
 トダカは無言のまま、彼を見上げた女性を見つめている。
「敵ではないと言ったが、、」
 彼はそう言い、女性の胸にある三日月型のロザリオを手に取った。それを見つめる彼の視線に、女は少し怯えた表情をした。
「あの村の住人には大きな脅威だ。」
 トダカはそう言い、ライラの隊から五キロほど先にあるロドリゴ村を指差した。人口二百人ほどの寒村はゲリラの根拠地としてAMDC政府に目を付けられている。
「おそらく今夜、襲撃がある。」
「セイイチ、あなたは違う。」
 女の言葉にトダカは少し困った顔をした。昨日に政府の内通者から襲撃の情報を得たが、彼はこの情報を村に伝えるべきか否か苦悶している。ロドリゴ村は「かつては」彼が潜伏していた場所だったが、ゲリラとは関係なく、住民にも反抗の意思はない。
「伝えれば、内通者が処刑される。」
 長い戦いで彼は政府のやり口を熟知している。以前にも同じことがあった。
「助けないということね。」
 女の言葉に無表情なまま、偵察を終えたトダカは女を街から彼が運転してきた四輪駆動車に誘った。月の支援者の使いという女について彼は何も知らなかったが、夏以降接触したこの女の伝手で、彼のゲリラが資金や情報など、大きな恩恵を受けていることは本当である。
「街に行く、会わせたい男がいる。」
 トダカがハンドルを握り、彼らの乗った車は土煙を上げてその場を走り去った。

(あとがき) クロスボーン崩壊後の彼らの戦いは第三部でも断片的に出てきますが、ムーン教団との結びつきはシロッコとこの教団の設定が詰められていないこともあり、本編では採用されず描かれていません。





〇一〇一年七月一〇日
フロンティア01 クロスボーン総統官邸


ダカさん!」
 占領した旧総統官邸の廊下でトダカに追いついた元ゼルのフェイがリーダーにベラのやり方は承服できないと抗議した。
「従うんですか! あんな命令!」
 オーブル軍少将としてレジスタンスの指揮権を掌握したベラは彼らに捕らえた捕虜をエアロックから宇宙空間に放り出し、処刑することを求めている。命令の非道さにリーダーのトダカも顔を歪めている。
「だが、ベラ様はマイッツアー統領の孫娘、従わざるを得ない。」
「しかし!」
 元ゼルはリーダーに命令は交戦法規違反と説明した。彼らはゲリラだが、残忍さがモットーのAMDC軍と異なり、地球連邦軍の兵士には階級に応じた取り扱いを受ける権利がある。
「オーブルに協力は約束したが、こんな命令まで従ういわれはない!」
 元ゼルの抗議を聞きつつ、立ち止まったトダカは総統官邸の天井を見上げた。元はガイア文部省の博物館である建物の天井には天界をモチーフにした油彩画が一面に描かれている。彼は絵画の一点に目を留めた。
「あれを見ろ、フェイ。」
 この非常時に何を、リーダーに促されて天井を仰ぎ見た元大尉の目に、繊細な筆致で描かれた天使ラファエルの絵が飛び込んだ。翼を生やし、癖のある金色の髪をなびかせた天使の気高くも穏やかな表情に、若いフェイはつい魂を奪われた。
「この建物を建てた時、工事を請け負ったシャハトAGの芸術家たちは施主であるガイア政府の人々をモチーフにした。」
 大神ゼウスには当時の統領エドムンド、その妻ヘラには統領夫人イザベラ、酒神バッカスは外務大臣クロイツェル、ポセイドンは大蔵大臣ボスコフ、神話に仮託された当時のガイア政府の面々をトダカは若いゼルに解説した。大戦後に遺伝子操作で生まれたフェイはガイア時代のことはほとんど知らない。教えられてもいなかった。
「ガイアは偉大な歴史を持っている。」
 旧ガイア時代、トダカは国会議事堂の衛視を務めていた。フェイの三倍の年齢を生きた彼は若いゼルに居並ぶガイアの神々のモデルになった人物については個人的にも良く知っていると言った。智恵神アポロンに扮した人物を彼は指差した。
「これはウスペンスキー、エドムンド政権の官房長官で、処刑されたガイア最後の統領だ。」
 絵の端には博物館の建設を推進したジオンの官僚ゼルバ・ヘンデルとマイッツアー・ロナの姿もある。天井画ではゼルバは審判者アイアコスに、マイッツアーは工人プロメテウスに扮している。
「こちらはヤン・ベネシュ、君にも関係のある偉大な遺伝子工学者で、形質操作技術(コーディネーター)を開発した。」
 フェイは楽聖オルフェウスに扮した科学者の絵を興味深めに見た。竪琴に「偉大な演奏者(マグヌス・エクポネンス)」と記されたベネシュはフェイらの誕生に深く関わっている。
「統領府の政治家は神々、その下に仕える官吏は人間として描かれている。そして議会はこちらだな。」
 そう言い、トダカは神々の一群から離れた天使たちを指さした。大天使ミカエルに扮したマイケル・フォレスタルや堕天使ルシファーに仮装したネロ・バートンのほか、フェイが感嘆したラファエルもいる。
「多少脚色されているが、容貌は概ね当時のものと言って良いだろう。」
 四大天使の一人であるラファエルは医学と旅行を司り、重い病人や旅人を癒す守護天使である。青年として描かれることが多いが、シャハトAGの画家はジオン人らしく神話的整合性よりも施主の意向に沿った写実性を優先した。そういうわけで、天井画のラファエルは肉感的な女性として描かれている。他の天使画と比べても、その描き込みには絵筆を取った画家の執念のようなものを感じさせる。
「ここにいるのは第一九二議会の議員たちだ。」
 彼はフェイが見入っているラファエルの絵を指差した。
「ベラ様に似ている。」
 トダカはそう言い、天使画のモデルがベラの母ナディア・フェアチャイルドである可能性を指摘した。旧ガイア議会で議事堂の衛視だったトダカはボストークの議事堂でこのガロッゾの情人を何度か見かけている。建設の経緯から、美貌の国会議員として知られていたナディアが天界画のモデルの一人となったことは想像に難くない。彼が生まれる前の話に、若いゼルはつい聞き入った。
(つづく)




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