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An another tale of Z ATZ資料集(17)




8.二人の乙女

 第四部でオーブルの女性カガリナは第五艦隊の捕虜になりソロモンに送られますが、ウズミラに囲われたベラ・ロナはついにオーブルに叛旗を翻します。第四部序盤で第三部のキーパーソンとなったこの二人の女性のその後の話。





〇一〇一年七月三〇日
ローレンス&ナブスター書店


 第四部最初の戦いで連邦軍の捕虜になったカガリナはオルドリンで釈放されます。オルドリン市街を闊歩しつつ、彼女がそれまでの自分自身を振り返る話。

女が解放されて今日で二週間になる。戦艦ザカライアスに乗船していたのは二〇日前の話だ。彼女の戦艦ザカライアスは地球近郊の戦いで撃沈され、彼女も捕虜になった。それからジャクソン提督の旗艦インディアで尋問を受けた後にソロモン要塞に送られ、カディス提督や彼女ら捕虜は要塞の刑務所に収容された。しかし、一週間もしないうちに要塞はソロモン軍に降伏し、彼らは釈放されることになった。彼女が要塞の営倉から外に出た時、宇宙を埋め尽くすほどいた第五艦隊の艦艇は一隻もいなかった。
「自分がコルシコフ少将の指示でザカライアスに着任したのは七月三日、撃沈されたのが一〇日、釈放されたのは一六日、一六引く三は一三、引く一〇は六、そして三〇引く一六は一四、何だ、ここにいる方が長いじゃないか。」
 身元引受人として名乗りを上げたチェコフの家に寄宿し、釈放されてからの日課であるローレンス&ナブスター書店に寄ったカガリナは本屋に併設されたカフェでコーヒーを買うと、トレーを持ってテーブルに行き、オルドリン・タイムズを読んだ。一応彼女はこの国では賓客として寛大に扱われ(オーブルも連合の一国である)、共和国は釈放された捕虜には給付金を出しているので当座の生活には問題はない。
 むしろ余裕があるくらいで、給付された月額一九〇〇フェデリンはカガリナのヤクルート社での給与よりも高かった。戦争捕虜は労働者ではないので社会保障料を引かれることもない。帰国まではチェコフの家の寄宿料も国が立て替えてくれる。クリスタル・シティで差し出された帰国を希望するか否かというアンケートには「保留(サスペンド)」と記載した。いずれにしろ、オーブルへの交通線は遮断されており、希望しても祖国に戻る方法はない。何でも国交が断絶したからではなく、アルカスルでオーブル軍同士の戦闘が始まったからだという。アガスタとアリスタは中立を宣言し、現在、両国の艦隊が国境線上に進出している。
 不本意ながら軍務から解放されたので、再びオルドリンに戻った彼女は街で服を買い、毎日一冊の本を買って読んでいる。本はやはり政治経済絡みのものが多い。なぜこの戦争が始まったのか、なぜオーブルのフロンティア領有権主張という極めてローカルな争いが連合と連邦の戦いにまで発展してしまったのか。バンカーのせいだというのが共産党本部のチェコフも含む市井の意見だが、彼女はもっと根本的な原因があると考えている。
 本屋からの帰り道、彼女は街の外れにあるソロモン国防省の前を通った。ヤクルート社の緑色の制服を着て、自分がこの建物に出入りしていたのは三年前の話だ。その頃と比べると、すでに機能をクリスタル・シティに移転することが決まっているせいもあり、空室が多く、閑散としている。確かにこんな建物ではジェガンに爆撃されたらひとたまりもない。人気もないのは、作戦部長も含む多くのスタッフがラブレーヌに移動していることもあるかもしれない。




 ハロルド・サーカスの服飾店で買ったベレー帽を少し上げ、彼女は以前出入りした建物を見上げた。四階がハウス情報部長の情報部、二階と三階が作戦部、五階が技術部で六階は人事部、七階は憲兵隊本部、八階がシチュエーション・ルームと大臣執務室である。国防大臣は以前のジョン・ブルグソン氏が副首相になり、経済評論家のブリジット・S・アダムス女史に変わっている。元エンジニアのため機械いじりが趣味で、良く大臣室で古いゲーム機の修理をしていた前大臣を彼女は思い出した。



〇〇九八年 ソロモン国防省

使えるのですの?」
 レミュール街の自室で上着を脱ぎ、古いアーケードゲームを修理している国防大臣に補佐官のブリジット・アダムスが声を掛けた。このピンボールゲーム機は八階のシチュエーションルームを整備した際に取り壊したクローゼットの中から見つかったもので、捨てられるところを、同じ階に大臣室を置くブルグソンが引き取って修理している。見た所年代物で、どうもシティホテルの時代からあったらしい。SIGA社の製品だが、この会社は六〇年前に倒産していて、今はない。
「七〇年以上前のものだがね。直せば今でも使える。」
 ワイシャツ姿で機械の下に潜り込んだ国防大臣を女性の補佐官が腕組みをして見下ろしている。
「そうではなくて、あのオロ、、オロ何とかとかいう人ですわ。」
 ブリジットは結果的に彼女の後任になった国防大臣に言った。一〇年前の自由コロニー同盟の時代にリーデルがブルグソンを次期長官に指名したことにより、国防局長官だった彼女は野に下ったが、その後、論文や研究発表、国防関係の著書、ヴァリアーズを吊るし上げにした公聴会などで名を売り、クリスタル・シティの人脈も駆使してやっと掴んだ補佐官の座(カムバック)、ブルグソンは年齢も経験も実績もブリジットを遥かに上回る政治家だが、長官時代は潔く身を引いたとはいえ、リーデル政権も今やソロモン共和国でも二期目、次の国防大臣を狙う彼女は首相官邸への日参の甲斐あって、リーデルにブルグソンの補佐官に任命されている。なお、彼らの話題であるオロ何とかとはブルグソンの古巣、デルタ自動車の相談役、グワデク・P・オロコロンのことである。
「対連邦戦略にはもっと適切な人材がいると思いますわ。」
 例えば自分とか、自薦した彼女を後ろに大臣はゲーム機を修理している。
「よし、できた。二年掛かったが今度は使えるな。」
 足りない部品は自作したと言い、立ち上がったブルグソンがピンボール機のソケットをコンセントに差し込んだ。ビロビロビロローンと機械が動き出し、チャララーンと陽気な電子音楽が鳴り出す。怪訝な様子の補佐官に大臣は近くに来るように言った。
「オロコロンがここに来るまでにはまだ時間がある。クリスタル・シティは遠いからな。」
 ブルグソンはそう言い、彼女にピンボール機を動かすように言った。
「意外と面白いですわね。」
 レバーを動かしながら補佐官がピンボールの玉を弾いている。思ったより難しいと彼女は大臣に言った。彼女は三児の母だが、子育てでもこんな物では遊ばなかった。その時、大臣室のインターホンが鳴り、彼らは客人の来訪を知った。
「えいっ! ええいっ!」
「君はここで遊んでなさい。」
 ピンボールに熱中しているブリジットを置き、ワイシャツ姿のブルグソンはドアを開いた。見るとそこには鞄を肩から下げ、緑色の制服を着た彼の胸の高さくらいの少女がいた。
「ヤクルート社のアンナです。ご注文をお届けに上がりました。」
「やあ、良く来たな、待っていたぞ。」
 ゲーム機を修理した国防大臣はタオルで汗を拭くと、カガリナの手からヤクルートの小瓶を受け取った。






〇一〇一年 現在

 彼らが待ち受けていたオロコロンは現在は地球でリーデルの依頼を受けた和平運動の中心的人物になっているが、カガリナが出入りしていた時代の国防省は今では考えられないほどオープンな役所であった。その後、ブリジットは野望通り国防大臣の座を射止めたが、彼女がブルグソン以上の大臣かどうかはちょっと分からない。利殖と投資に関する国防大臣の本は彼女にはやや楽観的にすぎるものに読めたが、それと軍事とは別の話である。
「自分は幸運な人間なのかもしれないな。」
 カガリナ・ヤペトフスカヤ・ブリャーヒナは夕暮れの中、老朽化で壁が剥がれ、灯の消えた国防省ビルを見上げながら思った。本当なら何度も死んでいたはずだ。スパイ罪で殺され、宇宙海戦で殺され、内戦が再燃したアルカスルではツェントルで戦死していたかもしれない。一時期勤めた月の飯場で事故死も考えられる。フォン・ブラウンの建設では連合はオーブルに工事の多くを委託したが、コロニー暮らしの彼女には慣れぬ月面工事の現場はそれなりに危険だった。それがいつも彼女には危ない時には誰か助けてくれる者が現れ、寛大に扱われ、こうして歴史の立会人になることが許されている。そう、確かに自分はある時代を生きたのだ。
(つづく)




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