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An another tale of Z ATZ資料集(138)




38.経営懈怠税を斬る

 第39話でソロモン首相リーデルが提唱した経営懈怠税は諸国に衝撃を与えます。モビルスーツでの戦いと同時に経済戦争も続くATZの世界、リーデルに睨まれた投資家ヴァリアーズはジオンへの進出を画策します。かなり難しいと思いますので、アクションを期待する向きは読まないでも良いでしょう。





〇〇八〇年一月八日
ルウム自治共和国 オルドリン市
第一宇宙港


ーデル・フォン・ミッテラー弁護士は人混みの中、コロニーのハブ部分にある第一宇宙港の展望室に立っていた。履いているローファーの革靴には磁石が仕込まれているが、遠心重力のない港区画の浮遊感はいつ来ても変な感じがする。もっとも宇宙時代になってからかなりの年月が経つので服飾も進歩しており、映画にあるように無重力でスカートを捲り上げるような女性はいない。多くの服には形状記憶合金の織糸が編みこまれている。ヨレヨレのスーツを着た彼も、遠目から見ればこれが無重力地帯にいる人物には見えないだろう。
「来ましたわ、コロンブス船が一隻。」
 ルウム防衛隊の制服にベージュのコートを羽織った隣の女性が彼に貨物船が入港してきたことを教えた。下町弁護士時代に買ったオペラグラスで外を見ると、確かにそれらしい船が港口をレーザーで誘導されて来ている。当時はオペラ鑑賞が彼の趣味だった。
「たった一隻か。」
 リーデルは落胆した声を上げた。たった一隻、連邦は解放したルウムに支援物資の配給を約束したが、元より彼はこの政府にあまり信用を置いていなかった。地球連邦の政府は官僚的で硬直している上に、臨機の判断が拙劣で、そもそもこの戦争も、この政府のムンゾに対する対応のまずさが原因で無用なまでに戦火を拡大したのではなかったか。市街戦やジオンに徴兵されて戦死した多くのルウム市民のことを思い、彼は歯ぎしりした。
 弁護士はポケットから検査官のバッジを取り出して胸に付けた。配給は困難なものにならざるを得ない。この街には六〇〇万人の住民が住んでいるのだ。食料プラントは物資と機材の窮乏で壊れている。
 彼は随行する警官に船が着船する桟橋に向かうように言った。強奪を防ぐため、新政府は検査官の一団を港に派遣している。市民に対し、貴重な食料の配分は公平に行うという意思表示だ。落胆した表情のリーデルに、傍らの金髪の女性が不安げな視線を送っている。
「また来たぞ!」
 女性と共に展望室を出かけたリーデルは群衆の声に振り向いた。見ると先の船の後ろにもう一隻、同じコロンブス船が港へのコースを取っている。
「他にもいますわ。」
 金髪の女性の指図で彼が船の方向を見ると、二隻の他、さらに多数の輸送船が数珠繋ぎに港への入港コースを取っている。女性から借りた軍用の双眼鏡で、彼は各船の船腹に「人道支援(ヒューマニテリアン)」の文字を見て驚愕した。何隻どころか、何十隻もある。
「キャサリン、、これは、、」
 双眼鏡を女性に返したリーデルは桟橋に急いだ。次々と到着する支援船に港は沸き返っている。
「地球連邦万歳!」
「ルウム自治共和国万歳!」
 リーデルは桟橋へのエレベータに飛び乗ると女性や警官と一緒に最初の船が着船した桟橋に駆け込んだ。見ると船は岸壁にしっかりと係留されており、タラップが接続されているところだった。タラップから降りてきた平服の人物に彼は駆け寄った。背の高い男はやや高慢な視線で駆け寄って来たリーデルを見下ろした。
「地球連邦軍、後方支援本部のジャミトフ・ハイマン中佐です。ルウムの方々には作家のジャミトフ・ハイマンの方が通りが良いと思いますが。」
 敬礼した平服の男にリーデルは答礼を返した。元々軍人ではないので、ジャミトフのそれに比べ、彼の敬礼はやや不格好に見える。隣の金髪の女性はもっと見栄えのする敬礼を返


している。右手を降ろしたリーデルはジャミトフ中佐に入港してくる船はすべて支援物資かと尋ねた。もちろんそうだがと言った中佐に彼は再び驚いた。
「オルドリンの場合は食料プラントの再建さえできれば、自給自足にはそれほど困難はないはずです。ですが、今は壊れているので食い物が必要でしょう。大統領は解放によって生じた各コロニーの窮乏を憂慮しています。もちろん、船には修繕用の機材と技術者が乗船しています。」
 支援物資の量が多いので、今日中には全船の入港はできないかもしれない、と、ジャミトフはリーデルに言った。
「驚いた、連邦がスペースノイドのためにそこまでやるとは。」
 リーデルが驚きで口をポカンと開けた。その表情にジャミトフが苦笑する。
「スペースノイドもアースノイドもない、我々は同じ地球人です。困った時には助けるのが当然でしょう。ただ、我々の方もこの戦争でかなりの被害を受けていますが。」
 その後、ジャミトフとしばらく話した後、リーデルは警官と女性を置いて踵を返した。
「検査官、検査の方はよろしいのですか。」
 呼び止めた金髪の女性に彼は振り返った。
「検査の必要はない、物資は十分すぎるほど送られてきている。」
 警備を頼む、彼は敬礼するオルドリン警備隊指揮官、キャサリン・C・マクニール大佐にそう言うと、宇宙港を後にした。






〇〇九八年七月
ソロモン共和国 首相官邸


リスタに派遣されるスタッフのリストに目を通しつつ、リーデルは一八年前の桟橋での光景を思い出した。実際にオルドリンへの人道支援を主張したのはタイラー大統領を初めとする当時の民主党の政治家でジャミトフではなかったが、対立政党の共和党も穏健派が力を持っており、それが戦後復興に好適に作用した。連邦政府は各サイドの独立を認め、戦後の世界秩序は連邦と親連邦的な各サイド諸国家、そしてジオン公国で構成されることとなった。サイド2を除いては。
 ガイアの場合はやはり人民主義者との内戦が情勢を見にくくしたことは疑いない。他の地域の戦乱は終結したが、サイド2においては戦後もしつこく戦いが続き、かつての太陽系最大のコロニー国家は諸勢力に分割されている。連邦もジオンもこの地には何の影響力も及ぼすことはできなかった。
 そして最近ではヴァリアーズを初めとする資本の進出がある。同じサイド2でもアリスタ、アガスタ、一二市国は比較的安定している。しかし、傍若な資本の論理による進出は、進出した当地にも共和国にもダメージを与えるものになるだろう。現にアリスタでは社会対立が報告されている。アリスタ自体もソロモン共和国の債務国だ。
「支援というものは思い切った内容をやらなければ意味がない。」
 リーデルはリストを手渡した官房長官のフクダに言った。もしあの時、連邦の支援船が本当にあの一隻だったらどうだっただろうか、おそらくルウムの再建は遅れ、サイド5でもガイア張りの内戦が現出していたかもしれない。同盟もその後の共和国の隆盛もおそらくはなかっただろう。窮乏したルウムの国民はデラーズにそそのかされて本当に核廃棄物満載のコロニーを地球に落としたかもしれない。賢明で寛容な政策が何千万人もの人命を救い、連邦にもルウムにも好ましい結果をもたらしたのだ。
「あの時は私も桟橋にいました。」
 一八年前の話をする首相にフクダが言った。
「次々と運ばれて来る支援物資の陸揚げに従事していたのですが、何日も立ち詰めで働いていても、不思議と疲れというものを感じませんでしたね。これで何もかもがうまく行く、そう思っていたからだと思います。」
 希望というものでしょうか、と、官房長官は首相に言った。希望さえあれば、人間はどんな困苦にも耐えることができる。
「ガイアにはそれがありませんでした。今のままでは余りに救いがない。」
 両手を拡げたフクダに首相はリストから顔を上げた。
「我々がそれを灯すんだ。」
 そう言い、リーデルは不敵に笑った。
(つづく)




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