長らく所有権(アイゲンタム)が認められていなかったのですな。」
ペリーが言った。
「一時の仮住まいと決まっていたものに所有権など必要あるまい。が、その行き方は途中から変質を余儀なくされた。契機の一つはアルカスルの建造だ。このコロニーは最初から永住用として建造された。以降はコロニーは所与のものとして人類生活に定着して行ったし、ズム・シチやオルドリンなどより大きなコロニーも作られた。それから何世紀も経ったジオン憲法の制定では、私は所有権の項目は当然入れるべきと考えた。この権利を新設して人工大地を流動化したことは、戦後の賠償金の支払いにも大いに役に立った。」
ギュネイは地球連邦が講和条約でジオン公国に課した巨額の賠償金の存在を指摘した。
「賠償金を支払うにはジオンの強みであった外惑星を開拓しなければならない。しかし、開発には資金がいる。が、資金があれば賠償の支払いに取られる。この矛盾を一挙に解決したのが六二条の財産権条項で、これによりジオンは外惑星開発を進めた。開発施設に地球連邦の工場抵当を設定して外惑星の開発はジオンが行うことを連邦政府に同意させたことで、連邦の外惑星進出も抑えられたのだ。決して理想論だけで条項を挿入したのではない。」
が、実際にこの条項を連邦政府に認めさせることは容易ではなかった、と、ギュネイは語った。
「コロニーの土地についての連邦政府の担保評価は著しく低かった。なにぶん彼ら自身が大昔の大西洋連合の主張「コロニーは仮住まい」思想の奴隷であったし、連邦の担保法の専門家に至ってはコロニーの地価は建物と同率で評価すべきで、その評価は建造後二〇〇年のズム・シチではゼロという感じであった。それを永続性ある大地と同等に評価させようという試みに我々がしごく苦労したことは察していただきたい。だから私は「アストロ計画」を進めたジオンの心境がよく分かるんだ。彼は連邦の自治国であったムンゾ自治共和国を本当の独立国にしようと策動したが、場所がスペースコロニーでは当時の銀行はどこも金を貸さなかった。だから観測から豊富な金属資源の存在が明らかだった小惑星アクシズを地球に運び、それを担保に金を借りた。」
戦後二〇年が経ち、大戦の事情とその背景については様々な研究がなされ、当時の関係者が口を開くようになっている。そうした傾向を斟酌しつつ、将来に向かってビジョンを提起するのが今回の旅の目的、彼女の役割の一つだ。スペースコロニーというものに財産上の価値が認められていなかったことはジオンの計画の動機にもなったし、開発時代以降のコロニー住民の気質にも影響したものだと彼女は考えている。
小惑星ケレス付近 巡幸船「ラ・コスタ」
ハマーンは巡幸船の窓からじっと近づく小惑星の黄色と灰色のまだら模様の地表を眺めている。この小惑星を含め、ジオン国民と人類を現在と異なる未来に導くことが彼女の使命だが、それは彼女自身の境遇、夫や娘と別れ、たった一人でジオン公国の女王として君臨する孤独な日々から解放されるためでもある。すでに本土で一部の活動家が指摘しているように、大戦争や戦後の同盟との競争で疲弊したジオンが閉塞状況に陥っていることは事実である。彼女の即位は国民の多くに歓迎されたが、それは国民の多くが彼女の若さと才気に期待を寄せていたからに他ならない。しかし、彼女がその期待に応え得たかといえば、それは彼女自身から見ても不十分、不完全な成果しか上がっていないのが現状である。
ヘンデル夫人もマシュマーも今は側にはいない。彼女を補佐していたマハラジャ時代の老練な重臣もクーデターでほとんど死んでしまった。ジオンを変えるという大事業を、彼女はたった一人でやり遂げなければならない。
〇〇九八年七月二〇日 夜
ガニメデ アイゼンブルク宇宙港
イオから来た軍艦がガニメデの薄い大気に突入して減速し、艦体を衛星地表面に合わせて着陸態勢を取っている。「シェパード」はイオ星間都市連合の軍艦で、同星の警備艦隊の旗艦を務めている。女帝の訪問を歓迎した都市連合の代表イーサッキは彼女のガニメデ訪問に星間都市連合で最大のこの軍艦を提供した。元木星艦隊の戦艦「タイタン」操舵手だったニコラ少佐の操艦で艦はか
つてヤーウェ基地と呼ばれた宇宙港に着陸すると、ハマーンは出迎えに来たアイゼンブルク市長クリセリの歓迎を受け、彼らと共に市の中心街にある酒場「アドラーターク」に向かった。彼女には侍従のレナーテ・キューンのほか、マグダレナ夫人が随員として同行している。酒場ではかつてのヤーウェ基地の酒保長ヴィルヘルム・ヘルダー氏が満面の笑みを浮かべて彼女らを待っていた。
「ガニメデへようこそ、女王陛下。」
「今度は中に入れてくれるのだろうな。」
入口にある大きな鷲の彫像を見上げたハマーンが言った。この酒場がヤーウェ基地にあった当時、彼女は一八歳で、ジオンの飲酒法は未成年者の飲酒を禁止していたことから、未成年であった彼女は木星艦隊の幹部らがたむろするこの店には入れてもらえなかった。件の鷲の彫像はその当時からのものである。
「もちろんですとも、ささ、こちらへ。」
店主ヘルダーの案内で彼女は初めて入る酒場の店内に入店した。当時とは場所が変わっているが、調度品などはできるだけ当時のものを用いているという。「アドラーターク」は高級士官クラブで木星艦隊の当時はハイデルシュタインやクロイが利用していた。女帝の来訪を知った店主により、一行については部屋がすでに用意されている。
「あと、一つ、私が陛下に感謝していることがあります。」
案内がてら、ヘルダーがハマーンに年頭に出された恩赦について謝意を示した。〇〇八三年の反乱に参加した元デラーズ・フリートのメンバーについてはジオンでは国家反逆者とされており、亡命者の帰国は許されていなかった。
「デラーズ関係者の措置はみすみす罪人にしなくて良かった者まで罪人にしていた所があります。反乱に参加した者は必ずしもデラーズの教義の信奉者というわけではなく、むしろ上官の命令でやむなくとか、行きがかり上という者が少なくなかった。」
元ジオン軍大佐のヘルダーは反乱に同調はしなかったが、兵士たちに同情的であったことからシンパとみなされており、周囲の雰囲気を察した彼は軍を除隊して木星に行き、この酒場を開店した。
「旧同盟軍にはデラーズ出身者が少なからずいた。捕虜などはどうしていたのか、一応、木星艦隊に対する通達では逮捕者は審理の後、原則として全て銃殺ということになっていた。非道すぎるし、本当にやっていたとは私も思えなかったが、それについてはハイデルシュタインが頑として私には真相を教えなかった。この酒場で謀議したのだろうな。」
「カールの墓には行ったのですか?」
ハマーンは無論と答えた。カールとは自由コロニー同盟軍の戦いで戦死したカール・フォン・ハイデルシュタイン大将のことである。ほか、アーシタ曹長など同じく同盟軍との戦いで戦死した五千余名も彼女は墓地を訪れて献花している。
「それでは私の知っている限りのことをお話ししましょう、どうぞこちらへ。」
〇〇九八年七月二五日
ガニメデ 旧ヤーウェ基地司令本部 中央作戦室
ハマーン・ザビ・ソド・カーンはイオからガニメデに移動し、イオ到着後、木星圏の各地に散ったブレーンを呼び集めた。公国の統治権の総攬者にして、卓越した政治家、最も有能なビジネス・ウーマン、眩しいほどの女帝の肖像を、列席した関係者たちは羨望するような視線で見つめている。この女性ならジオンのみならず、太陽系をも変えてしまうかもしれない。数百名の関係者を前に、中央作戦室の演壇に立ったハマーンは昨夜書き上げた原稿を手に取った。
「すでに我々は二,五〇〇個の公国の改善項目及びその改善案を検討した。どれも重要なものである。」
単に至らない現状を糾弾して是正を勧告する政治ショーでは意味がない。彼女はジオン公国の国民の過去、現在、未来について語った。ムンゾ時代の話はジオンでは禁忌だったが、彼女はムンゾには現在のジオン公国よりもコスモポリタニズム溢れる文化があったことを話した。この時代に外国人と結婚した女性は少なくなく、現在は彼女たちの国籍は剥奪されている。過去の誤ちを彼女は率直に認めた。
「古い政治家の格言であるが、国が我々に何をするのかではなく、我々が国に対して何ができるのかという意識改革が必要である。」
制度と国体の教義が渾然となるように故意に仕組まれ、公
(つづく)