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An another tale of Z ATZ資料集(109)




31.ハマーンの旅

 第三部中盤でハマーンは木星に旅立ちますが、その間のエピソードをスポット的にまとめたものです。ジオン・ダイクンの習癖など過去のエピソードも織り交ぜています。





〇〇八〇年一月二〇日
ズム・シチ市 ハーフェン区
宇宙艦隊司令部


争は終わったが、地球を初めとする各地の戦区から続々と帰還してきた兵士たちにとって、政府による講和はとても受け容れられるものではなかった。特に比較的温存されていた突撃機動軍、月面のグラナダに駐留していたキシリア配下の部隊は武装解除を求める新政府に反抗し、勢い彼らの不満は新政府、なかんずく講和を主導した首相のダルシアに向けられた。
「ジオンは戦争に敗れたのではない、背後から匕首を突き刺されたのだ。」
 主戦派の士官の一人はガンルームの机を叩き、同僚たちにこう呼び掛けた。今からでも遅くはない、首相官邸を占拠してダルシアの共和国政権を放逐し、戦争を再開すべきだ。
「キシリア殿がご存命ならば、まだ彼らを抑えられたと思うのだが、、」
 夕闇の中、艦隊ビルの最上階で後手に手を組み、窓の外を眺めていた男がポツリと呟いた。部屋には宮廷から来た禿頭の将官もいる。
「ミネバ殿下がソロモンを脱出したという噂は本当なのか。」
 大将の肩章を付けている禿頭の男が言った。
「噂ではない、ゼナ妃殿下と共に今はグラナダにおられる。」
 そう言った男の名はクライスト・フォン・エアハルト少将、総帥府直属の将官で、ギレン総帥の懐刀、怜悧な軍略家として知られている。先の戦争では戦艦グワジンを中心とする艦隊を率い、パッチで連邦軍の補給艦隊をあわや壊滅に追い込んだ。彼の見立てが確かならば、この作戦に成功していればソロモンの陥落もア・バオア・クーの敗戦もなかったはずである。ダルシア政権が受け容れた講和条件は屈辱的だ。
「賠償金二〇〇兆ジオニクル、まさに天文学的な額というべきで、おそらく艦隊を解体するだけでは足りない。木星資源の債権を担保に差し出すか、在外領土の一部を割譲なりするしかあるまい。」
 戦前と戦後において、ジオンが連邦に唯一優っていたといえるのがこの外惑星資源の分配である。ジオン公国は優れた開発ノウハウと外惑星航行のネットワーク、そして宇宙船の建造技術を擁しており、ガイアやルウムなど外惑星開発を志向する国は他にもあったが、全ての技術を自前で調達できたのはジオンただ一国であった。モビルスーツさえも外惑星における過酷環境下での採掘機械が開発のベースになっており、ある意味、国力二〇分の一のジオン公国が強大な連邦とその衛星国を向こうに廻して一年近くも互角以上に戦い得たのはこの技術的優位に対する信頼が大きい。
「賠償金についてはダルシアの依頼を受けたマハラジャがベルンで減額の交渉をしているが、これは多少当てにしても良いかもしれない。」
 戦時中は女子大で客員教授をしていた男まで交渉に狩り出さねばならないとはジオンも堕ちたものだと男は客人に言った。艦隊ビルの近くでは戦場から帰還した兵士たちが荒々しく、殺気立ったムードで作業を行っている。



「デギン陛下の妹君を寝取った男のすることなど、当てになるのか。」
 禿頭の将官の言葉にエアハルトは窓辺から振り向いて、少しにやけた顔で宮廷武官の方を見た。なるほど、マハラジャとはそういう評判の男か。
「知っての通り、私はこの戦争が始まってからは軍務一筋だった。」
 宮廷の間男に関心を持つほど暇ではなかった、と、エアハルトは客人に言った。その言葉に椅子に座っていた男が杖を突いて立ち上がる。ザビ家など皇族に連なる将官を除けば将官名簿の第一位、七一歳のブルーノ・クルト大将はデギン公王の側近で、公室成立以前からザビ家と付き合いがあり、ザビ家四兄弟の出産にも立ち会っているデギンの信頼厚い宮廷武官である。クルトは夕日に照らされていたエアハルトに近づくと、杖で床をトントンと叩いた。


「まずはミネバ陛下(ヘルツォーキン)じゃ。」
 禿頭の男はそう言うと、その黒い目でエアハルトの灰色の瞳をギロリと睨んだ。ミネバを陛下と呼んだクルトの言葉に彼は意外な顔をする。
「陛下とは、誰を?」



 彼の言葉に頷いた宮廷武官にエアハルトはますます顔を曇らせた。この老人はア・バオア・クーから戻った彼がいかに説明しても、デギンやザビ家一族郎党の死を信じようとしなかった。突然変節した宮廷武官に彼は怪訝な目を向ける。
「ザビ家一門はミネバ陛下を残し、もはやこの世にはおられぬ。ならば、唯一の公孫であるミネバ陛下が公王であるのは、もはや当然のこと。」
 クルトはそう言ったが、今のジオンは公王制ではなく共和制で、そもそもミネバが継承すべき玉座がない。が、エアハルトの言葉に彼は首を振った。
「ダルシアはデギン公王の勅命で国体を公王制から共和制に変更したと言っておったが、その共和制はまだ民衆の信を得ておらぬ。」
「しかし、戦争はすでに終わっております。」
 曲がりなりにもデギンの遺志を代弁し、講和で戦争を終結に導いたダルシア政権の働きは評価すべきではないかと彼はクルトに言った。
「ならば講和後速やかに辞職し、国民に信を問うべきであろう。が、未だそのような気配もない、噂もない、共和制とは名ばかり、実は簒奪の同義語ではないのか。」
 クルトはそう言い、眼下にある兵士たちを彼に指差した。どの兵士の表情にも疲労の色があり、また、言いようのない憤怒を表しているようにも見える。



「彼らは分かっておる。」
 確かに、と、エアハルトは思った。民主共和制については彼も連邦に赴任した際の経験から知識としては知っている。連邦の現状が民主主義のあるべき姿だとは彼は思わなかったが、名門バハロ家の出身で財閥の御曹司であるダルシアが民主制の旗手というのも笑わせるものがある。彼こそはジオンにおいて民主制の浸透を阻み続けた、いわば旧勢力の代表ではなかったか。実際、民主化に対するダルシアの姿勢には熱意のなさが指摘されている。宮殿で共和制移行を宣言した演説も場所が場所だけに簒奪のムードが強いものだった。
「ところで、クルト提督。」
 エアハルトは先から気になっていた質問を老武官にぶつけた。ジオンの将星は数多いのに、どうして彼は階級が格別高いわけでもなく、艦隊の司令官でもない自分を訪ねたのか。
 彼の問いにクルトは唇の端を歪めて笑った。






〇〇九八年六月
火星 ヘラス盆地
マーズ共同体居留地「クセノフォン」


星の薄い大気が巻き上げる砂塵が窓の外に見える。五月二〇日にサイド3を発った「ラ・コスタ」は二週間後、火星のマーズ共同体の中心コロニー「クセノフォン」に到着していた。マーズ共同体は小規模なコロニー集落の連合から成る小国家で、クセノフォンはその中心地である。
 先行して火星に到着していたワーキンググループの報告で火星に豊富な希少金属の鉱床があることが明らかになった。火星の資源の存在は前宇宙世紀の時代から指摘されていたが、核融合エンジンを取り付けた最新の採掘マシンは地底深くにあるこの希少資源を採掘し、商業ベースの生産が可能である。
「火星の開発が放棄されたのは当時の船が帆船だったから
(つづく)




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