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An another tale of Z ATZ資料集(100)




29.ゴットン家の団欒

 アリスタ革命からクーデターの時期のゴットン大佐の家の団欒ですが、時期が時期だけに話題が深刻でちょっと作者も挿話として出すことを躊躇するものです。ですが、こういう現実で論ずるには気まずい話題を架空の出来事として扱えるのがこういう作品の良いところでしょう。少し難しいと思います。全7ページ。





〇〇九八年七月二九日 夜
ゴットン大佐の自宅


も、本当は嫌なのよ。」
 夫と共にテレビを眺めつつ、タンホはバッグからヴァリアーズ・ハクサ生命の外貨建て変額保険のパンフレットを見せた。見ると一〇年定期で金利が一.八%と書かれている。彼女の会社ハクサ生命は二年前にヴァリアーズ社の傘下に入り、彼女も同社の商品を売っている。
「悪くないじゃないか。」
 片手に茶碗を持ち、パンフレットを手に取ったゴットンが言った。マハラジャ時代の末期からジオンでは低金利政策が続いており、一%を超える金利は稀だ。
「よく見てちょうだい、実質金利は〇.七%と書いてあるでしょ。計算すると分かるけれども、例えば一〇万ジオニクルの保険なら保険料は年五千ジオニクルで、貯蓄部分が外貨建てておよそ二千ジオニクル、それにこの金利を掛ける。」
 この保険は定期と終身の二階建てで、契約期間の五年目で中途解約すると解約返戻金と満期比20%の解約控除が相殺されて元本割れする。それだと顧客からクレームが付くので、この五年間の解約返戻金だけは「元本保証(赤字部分の請求をしない)」なのだという。満期の一〇年になっても、元々定期の部分が多いので、実は受け取れる保険金は通常の債券運用に比べ、ほとんど増えてはいない。
「定期は見かけの保険金額を大きくできるけど、満期の返戻金はゼロ、これ保険の常識。」
「そういうことに詳しい妻がいると何かと助かるな。」
 自分にはさっぱりだ、と、ゴットンは言った。彼の妻タンホイザーことタンホはズム・シチ経済大学卒の才媛で、術科学校卒の自分には不釣り合いな才女である。
「それに、外貨出て変額でしょ、リスクを分散するために複数の国に分散して運用すると書いてあるけど、要するにヴァリアーズ社にやってもらうんじゃない。」
 生保会社の手数料に加え、投資会社の手数料が加わる(ファンド・トゥ・ファンド)商品だと彼女は夫に説明した。普通は保険会社の解約控除率は30%くらいである。ヴァリアーズ社の場合、新たに認可された定額制を取ることで満期近くの解約返戻率は80%と高く、これもテレビでは従来の保険会社はCEOが贅沢な暮らしをしているので事務手数料が大きすぎと批判して、ヴァリアーズ変額保険は従来の保険よりもお得とPRしている。
「これもひどい商品ね。」
 彼女はそう言うと新聞の広告を取り上げた。つい最近買収された第一〇〇銀行が社名変更した第一〇〇ヴァリアーズ銀行の定期預金で、運用利回りが三.二%とでかでかと書かれている。彼女は広告の下にある細かい文字を指差した。
「でも、満期は三ヶ月、そうなると実際の利回りは年〇.八%ね。もちろんこの商品は今期限りで、来期は違う傾向の別の商品がある。たぶん年金とか言うんじゃない?」
「でたらめばかりじゃないか。」
 お得な金融商品なんかこの国にはないわ、と、タンホは両手を拡げた。
「上司は騙される方が悪いんだと平気で言っている。あと、この医療保険、私も切り替えを勧めているけど、前の商品の方が実は良いのよ。」
 タンホによると、満期となった保険金を保険料として払い込ませることで保険会社は保険金の支払いを節約できるのだという。
「でも、本当に医療費が必要なのは保険が切れてからね」
 百歳を超えるゴットンの祖父母について彼女は指摘した。彼の祖父母は今は介護施設におり、彼の父母ローエングリンとバリアントが老々介護をしている。


「ウチの爺さん婆さんには、いいかげんあの世に行ってもらいたいのだがな。」
 ゴットンが忌々しげに言った。介護が必要とはいえ、医療技術も進んでいることから、二人ともまだまだ生きそうだ。
「それもあるけど保険外交員としては、本当はもっとお客様のためになるような商品を売りたいのよ。お年寄りや真面目な人を騙すような仕事はしたくない。生活のためだと自分に言い聞かせているけど、少なくとも昔はそんなんじゃなかった。」
 そう言い、タンホは新商品のヴァリアーズ信託のパンフを見せた。金色の文字で、いかにもお得そうな内容がいろいろ書いてある。パンフレットを手に取ったゴットンに彼女は首を振った。
「辞めれば良いじゃないか。」
 ゴットンがポツリと言った。
「そうは行かないわ、生活がある。」
 ハマーンの時代になってから外資のジオン進出が進み、ますますデタラメになったとタンホは言った。茶の間のテレビではちょうど暴力団がキメコ労組に撃退されている場面が映っている。
「すごいわね、あの人たち、素手なんでしょ。」
 暴走族風の少年が手にしていたピストルが警棒で叩き落され、「キメコ労組」の盾を持った警護団員が少年を路上に叩きつけている。旭日旗を描いた醜い改造車のバイクが路上に転がり、水素燃料が引火して炎上している。
「前の抗争で死者を出しているので、相手方にも配慮している。」
 会場の警護団に武器を取り上げられ、そのまま解放されている暴力団員の映像を彼は指差した。チンピラたちの服は破れ、あちこち殴られて負傷しているが、死んだ者はいないようだ。先の火傷の男もボランティアの看護師が救護所に運び込んで治療に当たっている。
「やるわね。」
「しかし、アリスタの議会はまだ決断してない。」
 選択条項を採択したという報道は入っていないと彼は妻に言った。
「それはそうだわ、民主主義ですもの。」
 本当にそう思うのか、コップを片手にしたゴットンはジロリと妻の方を見た。
「あなたね、民主的に選ばれたリーダーの決定には従う、それが社会のルールよ。」
 タンホが言った。
「私は女王を選挙で選んだ覚えはない。」
 ビールを啜りつつ、ゴットンがポツリと言った。酔っているのかもしれない。彼はアリスタ議会の映像を指差した。
「あいつらだって、二代も三代も議員をやっている政治業者だ。今のジオンでまっとうな人間が立候補した所で、それで政治家になれるのか?」
 民意を簒奪している人間が民衆に倒されたところで、それは当然だとゴットンは言った。
「流血は好きじゃないわ。」
「ああ、だからなるべく血を流さないようにやるつもりだ。」
 何を? ゴットンは目を丸くした妻をチラリと見ると、そのままビールを煽った。別室にいた彼女は他の家族同様、二人だけで行われたゴットンとゲルハルトの会合については知らない。夫は空のビール瓶を振った。
「もう一杯もらえないか。」
「冷蔵庫から持ってくるわね。」
 タンホは立ち上がるとそそくさと台所に向かって歩いて行った。結婚以来一六年、実直で人柄の良い夫に不安を感じたことは一度もなかったが、今まで感じたことのない胸騒ぎを覚え、彼女はビールを夫に差し出した。
「もう休んだ方が良いわ。」
「お前は先に休むといい、私は彼らを見届けたい。」
 ゴットンはそう言うと手酌でビールをコップに注いだ。


〇〇九八年八月一日
ゴットン大佐の自宅


ットンはテレビを点けた。テレビには工事中のキュリー広場が映っている。VOUのミリー・カールソンが広場でアリスタ首都の現在を報じている。
「キュリー広場の面積は八万平方メートルでしたが、現在は一五万平方メートルにまで拡張工事が進められています。水飲み場も六四ヶ所から一〇六六ヶ所に増やされ、トイレや休憩施設の増築も進んでいます。前回のデモでは給水車や簡易トイレが必要でした。」
「以前よりも集会がしやすくなったということですか。」
 MCVのスタジオで長髪の女性キャスターがVOUの特派員に質問している。ルーの質問にミリーは議会が採択した新
(つづく)




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