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An another tale of Z reviews

アニメ 「スーパーカブ」(3)


第7話「夏色の空、水色の少女」

あらすじ
 文化祭の準備で盛り上がるクラスを横目に、小熊と礼子はカブの冬対策に頭を悩ませる。ハプニングでコーヒーメーカーが車で運べないことを見た二人は、カブの特殊機能で甲府一高からの喫茶バールの用品搬入を目論む。

Aパート:椎ちゃん登場、文化祭の危機
Bパート:カブ輸送計画、水色の少女

コメント
 7話はかなり雰囲気の変わる回で、下駄箱での礼子との会話で小熊が夏休み中に罰金や免停など行政処分を受けていたことが揶揄される。同時期に自動二輪免許を取っているので違反は書類搬送バイトの最中のはずで、平穏だったように見える5話も実はかなり波乱含みのバイトだったことが分かる。あと、礼子が北杜の冬を知らないような発言をしているので、彼女たちは高校2年だが、礼子はどうも他校からの転入生と分かる。
 バール(Bar)とはバーのラテン語読みで、カウンター(Barco)付きの居酒屋や飲食店を指す。カウンターでコーヒーを淹れたりカクテルを作ったりする店員をバリスタ(Barista)といい、世界大会もあるプロフェッショナルだが、小熊らの運んだ電動マシンでコーヒーを淹れる椎ちゃんのバリスタへの道はまだ遠い。
 カブの特殊装備としておかもち機とリヤカーが登場するが、前者はともかく後者は荷台にロープで結わえただけではデフのない車体で旋回の際の回転差を吸収できず、ひっくり返って転倒の危険がある。もっとも注意を要すべき交差点で礼子のリヤカーを先導する小熊は速度を上げている。椎ちゃんへの意地の悪い言動の数々といい、とかくこの回の小熊は底意地の悪さが目立つ。が、この描写はオリジナルの小説に近いもので、7話以降の彼女の標準仕様である。
 バールで活き活きとしている椎に小熊は強い夏の日差しに似た眩しいものを感じる。それはカブを得るまでの彼女にはなかった、将来の夢と希望だった。

★★ 例によってご都合主義、クルマで良いではないか。


用語集

マルシン出前機
 画面に岡持ちをぶら下げた姿で登場する蛇腹状のクッションの付いた計量器とゲージの合いの子のような物体は「出前機(おかもち機)」といい、以前は複数の製品があったが、現在製造販売を手掛けているのは株式会社マルシンただ一社である。
 その原理は岡持ちの吊り下げ部分に空気ばねをつけて走行による衝撃を緩衝し、傾きは振り子の原理で左右に揺動することによって吸収するとされるが、これは物理法則無視、振動工学無視の乱暴な説明というべきで、それを知らない現代のライダーが使うと、満々とスープを満たしたどんぶりを盛大にこぼすことになる。
 使いこなすにはかなりの運転技術が必要だが、それはスーパーカブが開発された1950年代には自転車に乗る者なら誰もが平均的に持っていたものだった。そういう技術の持ち主には両手を離すことなく丼を運べる装置の発明は画期的なものだった。
 出前機が普及した背景には、同時期に発売された透明なフィルムラップ、サランラップの存在がある。筆者が見た出前機もほとんどがサランラップとの併用で用いられていた。傾けないことに特化した出前機とラップの組み合わせは完全な配送手段である。ラップのみの自転車配達UberEatsの配送時におけるトラブルが少なくないことを見れば、汁物をこぼさず、盛り付けも崩さず、迅速に配達できるその威力のほどが分かるだろう。
 スーパーカブがそば好きだった本田宗一郎の意を受け、そば屋の出前を念頭に置いて開発されたことは有名な話で、それゆえカブのウィンカースイッチは右側にあり、縦に操作する特殊なものだった。これはそば屋が左手に岡持ちを持って走行することを考慮した仕様だが現在では左側にあり、普通のプッシュキャンセル式になっている。
 なお、出前機はその好評を見て、ホンダ社内でも純正品として販売が検討されていたが、「小さい会社の商売を奪うな」という宗一郎の一喝で計画が中止された経緯がある。当時のホンダはカブを丸ごと立体登録し、他社に類似のバイクを作らせないようにした会社とは品格の違う会社だった。

全自動コーヒーマシン
 近年はファミレスの常備品となっている、コーヒー豆を粉砕してブレンドからカプチーノ、エスプレッソの抽出をスイッチひとつで行うことのできる機械。パラメータを調節して加圧からミルクの泡たてまでキメの細かい調整ができるため、ズブの素人でもバリスタレベルのエスプレッソを淹れることができる。最新機種はネットワーク機能もある。
 一見人間バリスタは不要なように見えるが、現にファミレスではそうなっているが、人間の優位性はその圧倒的なスピードと技術にあり、マシンは業務用の大型機でも1時間に100杯程度の抽出が限度であるが、熟練したバリスタは150杯の抽出を行うことができ、これはジョイフルやセブンにあるマシン数台分を凌駕している。使う器具も300杯でオーバーホール清掃を行う必要のあるマシンに対し、バリスタの使う器具は簡素で手入れも容易なものである。もちろん修練には多額の費用と時間が必要ではあるが。
 このように人間バリスタの能力が圧倒的であるため、この種マシンはバリスタ退治ではなく共存する存在として、販促にはトップバリスタも協力してマシン導入の客寄せパンダとして宣伝に勤しんでいる。現に有名コーヒーハウスでもバリスタの休憩室にはこの機械が置かれている。バリスタも唸らせる質の高いコーヒーがスイッチ一つで提供できるのである。
 アニメでは2台のコーヒーマシンが登場するが、全てデロンギ社製で、椎が甲府一高から借りたエレッタカプチーノ(15万円)と、自腹で購入したエントリーモデルのマグニフィカ(8万円)の2台である。うちエレッタには増加ミルクタンクを装着してカフェラテを作る能力があるが、アニメでは外されており、バリスタ志望として完全全自動ではさすがに沽券に関わると、椎はミルクは自分で淹れているようである。



第8話「椎の場所」

あらすじ
 文化祭で水色の印象の少女、椎と知り合った小熊は誘いを受け、礼子と共に彼女の両親が経営する喫茶店「ブール」を訪れる。

Aパート:椎のモールトン、喫茶「ブール」
Bパート:メスティン購入、椎の母登場

コメント
 文化祭の謝礼に小熊と礼子が椎の実家、喫茶店「ブール」に誘われる話だが、礼子は常連で朝食など食べていることから、一般の店と同じくモーニングもやっているらしい。冒頭のモールトンに始まり、全編Monoマガジンかと思えるほど意匠やデザイン、銘品の紹介が続くが、説明自体バブルおじさんの自慢話を彷彿とさせ、作品のテーマから外れてしまった感じがある。コーヒーを飲みながら礼子がカフェレーサーの話をするが、カフェレーサーとカブの組み合わせは他に考えられないほど相性の悪いものである。
 椎に紹介された父親が小熊に差し出したのはハワイアン・コナの中煎り、コーヒーも礼子はカロシトラジャの深煎りと最高級品で、それを電気マシンでガーと淹れている椎のバリスタへの道はまだ遠い。店はチロル風の外観とドイツパン売場、イートインは50’s風アメリカンダイナーと変則的だが、この無国籍風な部分はモデルにした店とは異なる作品オリジナルである。どうしてそうしたのかは良く分からない。
 前話から冬の寒さ対策が話題に上っているが、季節は9月中旬で場所が北杜では話は少し大げさで、霧ヶ峰の頂上にでも行かない限り、この時期で寒さを感じることはあまりないはずである。頂上に行っても気温は平地マイナス5度ほどで実はあまり寒くない。この程度の寒さならハンドルカバーまでは必要なく、それこそ軍手で十分である。
 椎の母親は最初は金髪に青い目で登場するため、椎は日本人の父親とのハーフと思われたが、実はこれはコスプレで、アメリカ崇拝が嵩ずるあまりアメリカ人になり切ってしまった日本人の女性で、最終回では金髪はそのままに黒目で登場する。服装はメイド風だが、これは50年代アメリカのカーホップの衣装で、秋葉原のメイドとは別の意味で、かなりイタイ人である。

★★ 恵庭一家の分裂ぶりが支離滅裂、気候も取材不足。


用語集

アレックス・モールトン
 本話で初めて紹介された価格120万円のイギリス製自転車。椎はこの高級自転車で毎日高校に通学している。オメガやジッポライターと並ぶ80年代Monoマガジンの常連メカでミニベロ車の元祖。ミニのサスペンションを設計したモールトン博士が立ち上げたブランドで、初期のMシリーズと再建後のAMモデルがあり、ほか、パシュレーに製造を委託したAPBモデル、ブリジストンでライセンス生産されたブリジストン・モールトンがある。
 曽祖父がグッドイヤーのゴム産業の大立者、ステファン・モールトンであったことから、アレックスも弾性工学に造詣が深く、彼の設計したサスペンションは全てゴムの弾性を利用した緩衝機構を持つ特徴がある。モールトン自転車もその例に洩れず、前輪にガス封入式ショック、後輪はラバーコーンのサスペンションで路面の凹凸を吸収している。
 博士は大径ホイールより小径ホイールの方が慣性が小さいので踏力を効率よく伝え、操縦性にも優れていると提唱したが、これは彼が設計に関わったブリティッシュ・ミニと同じ考え方である。モールトンの小径ホイールは他のミニベロ車と異なり、コンパクトネスを追求したものではない。その自転車は踏力や慣性力を緻密に計算してギア比を工夫することによってロードレーサー並みの時速40キロで巡航することができ、直進安定性は高く、博士入魂のサスペンションはベルベットのような乗り心地と評される。
 惜しむらくは、博士が自転車製造を始めた当時のイギリスは、「イギリス病」という長期の経済低迷に苦しめられており、労働争議が頻発し、その自転車の品質はお世辞にも褒められたものではなかったことがある。複雑な取り回しの鋼管フレームは車両ごとに修正が必要で、売れ行き不振からモールトン社は何度も財政上の危機に直面している。椎が入手したのはラレーから製造権を買戻した後のAMモデルであり、乗り出し前に国内でかなりの調整が必要だったと思われる。
 なお、礼子の言う「お城製」とは、製造がブラッドフォード・オン・エイボンのモールトン本社工場の個体を指すMonoマガジン読者の隠語で、流通しているものは事実上AMモデルに限られる。

八ヶ岳おろし(颪)
 甲信地方の冬は同じ気温でもはるか北にある札幌よりずっと寒く感じるが、その理由は温帯湿潤気候で湿度が高いことと(北海道は冷帯)、この時期に3千メートル級の高山から吹き下ろす山岳風(おろし)のためである。2月の最低気温は札幌がマイナス6度、甲府はマイナス0.7度で甲府の方が暖かいように思えるが、風速3mのおろしを加えると体感温度はマイナス10度となり逆転する。一般に湿度が高いほど風に晒された時の体感温度は低くなる傾向がある。
 武川町は釜無川と大武川の合流点にある湿潤な場所であり、湿度が高いことから体感温度はさらに2〜3度低くなる。北西からの「八ヶ岳おろし」のため、こと寒さにおいては北海道よりも過酷な環境である。それでも小熊らが寒さ対策を云々し始めたのは9月半ばのことであり、この時期には風はあっても「やや肌寒い」程度で、寒さが本格化し始めるのは11月以降である。筆者もこの地方は何度も訪れたことがあるが、この時期は標高1,000mを越える清里高原はともかく、平地で寒いとまで感じたことはなかった。
 なお、水温は液体であればその温度は0度以上であり、冬季は気温より高く4度ほどである。そのため、この地方では川の水や水道水に手を突っ込むと体感している温度より暖かく感じることがあるが、それは一時のことである。



第9話「氷の中」

あらすじ
 9月末、寒さが本格的になり、小熊と礼子はカブの防寒装備の必要を痛感する。椎の父からアブラッシヴ・ウールのセーターを譲り受けた小熊は、高校の家庭科教師にセーターの仕立て直しを依頼する。

Aパート:グラッパのコーヒー、アブラッシヴ・ウール
Bパート:高くて買えない、ウィンドシールド装着

コメント
 富士山初冠雪のラジオが流れたことから時期は9月末か10月初めと思われるが、彼らの寒がりぶりはどうだろう。まるで北海道のオホーツク海沿岸か、どこか遠い北の国にいるようであるが、この時期は北海道や東北でもそれほど寒くなく、夏の酷暑から解放され、ツーリングには絶好の時期である。
 見かねた椎の父親が古着を差し出すが、渡されたセーターの素材は「アブラッシヴ・ウール」、アニメを見た視聴者がいくらググっても分からない謎の素材で、北米産の油分の強い羊毛と説明されるが、どうも眉唾、うさんくさい感じがする。
 希少素材のセーターに手直しを依頼された高校の家庭科教師は驚き、小熊は譲られたセーターをカーディガンと靴下、水筒カバーに仕立て直す。アブラッシヴ・ウール(abrasive wool)とは、直訳すると研磨用の工業繊維でスチールウールの別名である。その素材は鋼鉄で、どう見てもセーターの素材には見えない。
 種明かしをすると、このナゾ繊維は大藪春彦の小説で主人公が愛用している衣類の素材とされるもので、他に用例が見当たらないことから、この大藪が元になった素材を誤解または誤読し、それを読んだスーパーカブ作者がロクに調べもせずに孫引きしたもののようである。
 筆者も知らないのでサイト共著者の飛田カオルさんに尋ねたところ、「アランニット」ではないかとの答えで、調べると名前以外は特徴もデザインも酷似したセーターが検索できる。オリジナルはアランニットで、その後、幾人かのハードボイルド作家を経て言葉に尾が付きヒレが付き、大藪に至ってはアラン=ニットはアブラッシヴ・ウールになり、由来まで違うものになってしまったようである。だいたい胴長短足で平たい顔族の日本のハードボイルド作家に、外国語の教養なんかあるわけない。

★ 北杜の高校生は冬に酒を飲んでいるのか。



用語集

ウィンドシールド
 スーパーカブの純正アクセサリーには塩ビ製とポリカーボネート製の2種類のウィンドシールドがあるが、機能が圧倒的に優れているのはポリカーボネート製で塩ビシールドは旧型カブの純正オプションだったものである。アニメでは小熊が旧型シールドを、礼子が旭風防製を装着しているが、どちらも塩ビ製である。
 塩ビ製はポリカーボネートより薄くて軽いが、耐久性は2〜3年もすると黄ばんで曇り、透明度がなくなる消耗品である。一見親切なように見える下部のハンドル覆いは冬季には下方視界を遮り、凍結路面など危険な路面の発見が遅れる原因にもなる。傷も付きやすく撥水性も悪いため、雨天時には跳ね返る雨滴で視界がほとんど無くなるなど、あまり上等な製品とはいえない。これらの欠点はポリカーボネート製では改善され、長期使用もできるものになっている。実は値段もあまり変わらない。
 アニメではカフェカブの口コミから、このシールドを「防寒対策の最強のツール」として崇拝しているが、より防寒性が必要なはずの北海道の郵便配達では使用されていない。やはり視界の制限と、降車の際にヘルメットがシールドに当たることが装着を躊躇させる原因になっていると思われる。こうして見ると欠点だらけのように見えるが、若干のメリットはあり、非力なカブの場合は装着すると空気抵抗が僅かに軽減するため、最高速度が少し上がるメリットがある。

アラン=ニット
 アニメでは「アブラッシヴ・ウール」と紹介されている編み柄が施された白いセーターで、アイルランドのアラン島で6世紀の昔から、漁に出る夫の無事を祈る妻たちの手により編み続けられていたものとされる。寒い北の島の漁撈で着用するため、毛糸には未脱脂の羊毛が用いられ、防水性と防寒性に優れている。編み目は編んだ家ごとに異なっているため、哀れ愛する夫が溺死してセーターの模様しか分からない惨死体となって打ち上げられても、模様から身元が分かるとされている。
 20世紀に島を訪れた裕福なイギリスの女権運動家ゲインが注目し、彼女の知り合いの服飾評論家キーヴァの紹介で島外に輸出され、JFKの時代のアメリカでブレイクした。一時はアイルランドの輸出総額の3分の1を占めていたとされる。渡米した大藪春彦がアパラチア山脈かどこかでアブラッシヴ・ウールの小ネタを仕入れたのはこの頃と思われる。おそらくアランニットの模造品であろう。
 ラノリン油による手入れが必要なオイルセーターで臭いがあるとされるが、現物を知る飛田カオルさんによると、「そんなに臭わない」という話である。
 由来は6世紀とされるが、実は活動家が島を訪れる30年ほど前の20世紀初頭にアメリカ帰りの名称不詳のスコットランド人女性が故郷のガーターセーターの編み方を元に、息子の堅信礼のために編んだ装飾性の高いセーターが最初である。ゲインが島を訪れた時には島中の婦人がこのセーターを編んでおり、感動した女性運動家が以前からあるものと勘違いしたようである。扱ったシアーズも話は盛っても、服飾評論家が創作した聖人エンダ伝説などの真偽については再調査は求めなかった。
 そのため伝説は創作だが、手編みの希少なセーターであることは本当で、技法や紋様は最初のセーターから100年間、母から娘へ口伝えで伝えられ、アラン島では現在もセーターが編み続けられている。その大半は日本に輸出されている。
 アニメではアイルランドの漁民はロッキー山脈の猟師に変えられ、名前も地名から研磨用ウールに変わっているが、なぜそうなったのかは作者がコピペした大藪春彦先生(故人)にあの世で聞く以外どうしようもないだろう。