◇MUDDY WALKERS
ESSAY|「白馬の王子様」を探して
「白馬の王子様」といえば、女性にとって永遠の憧れ、待ち望む人の象徴である。具体的に「白馬の王子様」がどのような人物であるかは、人によって異なるだろう。しかし、そこには女性が潜在的に男性に求める一定の理想像があるように思う。それは結婚しないことを選んだ女性や婚期を逃した女性たちが「負け犬」と呼ばれる現代においても変わらない、普遍性を持っている。しかし、現実の「王子様」はどうか。理想からどんどん乖離していっているのではないか。また女性の方も、「白馬の王子様」の招きに応答しにくくなっている現状があると思う。
ここでは古典的な物語「白鳥の湖」と、1970年代から現在に至る代表的なドラマ(映画、アニメ、少女漫画など)に描かれた「王子様」像をひもときながら、その変遷と女性側の変化について解き明かしてみたい。
まずは、正統な「白馬の王子様」像を描いた名作「白鳥の湖」から見ていこう。
※このコーナーはすべて「ネタバレ」となっております。ご了承ください。
| 王子様のプロフィール 名前:ジークフリート 立場:国王の息子 家族:父(国王)母(王妃) |
「白鳥の湖」はドイツに伝わる伝説をもとに、1876年にチャイコフスキーが作曲したバレエ音楽。天才振付師マリウス・プティパによってバレエ史上に残る名作となった。
ある国の王子ジークフリートが成人式を迎える。国のしきたりで、次の日の舞踏会に招かれた王女の中から結婚相手を見つけなければならない。しかし気が進まない王子は、気晴らしのため森の湖へ狩りに出かける。そこで、美しい姫オデットと出会う。彼女は悪魔ロットバルトに呪いをかけられ、昼間は白鳥に姿を変えられ、夜だけ人間の姿に戻るのだ。その呪いを解くのは、純粋な若者の愛だという。2人は惹かれ合い、明日の舞踏会で再会することを誓う。
次の日、お城の舞踏会に各国の王女たちが集まるが、王子は誰にも心を動かされない。宴が終盤にさしかかったころ、悪魔ロットバルトが自分の娘オディール姫を連れてやってくると、王子の心はときめいた。彼女はオデットそっくりだったのだ。そして彼女こそオデットだと思った王子は、オディール姫と愛を誓う。すると、2人の勝ち誇った声が響きわたる。王子は窓の外にたたずむ白鳥の姿を見て、自分がだまされたことを悟る。
あくる日、王子はオデットに許しを請うために湖へ出かける。再会を喜んだ2人の間に、悪魔ロットバルトが現れて2人の間を裂こうとする。王子はロットバルトに戦いを挑む。戦いの末、2人は湖に身を投げる。すると悪魔ロットバルトは倒れ、ジークフリートとオデットは天国で永遠に結ばれる。
「白馬の王子様」というと、お金持ちで、よく気がついて、おしゃれな店に連れて行ってくれて、何かの記念日には必ずプレゼントをくれて・・・という男性のことだと思っている人がいるかもしれない。しかし、これは「玉の輿」であって「王子様」ではない。女性はその違いをよく分かっている。
では、「王子様」とはどのような人物か。
(1)ある女性に一目惚れする
(2)その女性と愛を誓う
(3)しかし、その女性は“呪われて”いる
(4)“呪い”を解くために王子は命がけで戦う
(5)王子はその女性と永遠に結ばれる。
「白鳥の湖」のプロットをもとに「王子像」の条件を拾い出すと、このようになる。西洋のおとぎ話やディズニー映画の基本的なプロットはこれである。“呪い”は2人の間にある障害、あるいは女性の置かれている不利な状況と考えてもよい。
そして、この(1)〜(5)の流れは、男と女が出会って結婚するまでの流れを表しているものともいえる。現実としてではなく、ある程度理想化された形としてである。
しかし、このように男女が美しく結ばれることが、現実には非常に難しくなってきている。昔が良かったわけではないが、すでにこの理想型をまっとうする力が「王子様」の側になくなってきているのだ。
では「王子様」は現代ではどのように描かれているのか。まずは童話「あしながおじさん」をベースに描かれた名作少女漫画「キャンディ・キャンディ」からひもといていこう。
| 王子様のプロフィール 名前:アンソニー 立場:お金持ちの御曹司 家族:不明 |
「キャンディ・キャンディ」は1976年より「なかよし」に連載された、少女マンガ史上に残る名作である。主人公はみなし子のキャンディ(本名キャンディス・ホワイト)。幼い頃泣いているところを“丘の上の王子様”に「きみは泣いている顔より笑っている顔のほうがかわいいよ」と励まされて以来、その言葉を胸に辛い境遇を明るく生き抜く。そして、丘の上の王子様にそっくりなアンソニーに一目惚れ。2人は相思相愛の仲になるが、キツネ狩りの最中に起こった落馬事故で、アンソニーは若くして死んでしまう。その後アードレー家の養女となり、英国へ留学したキャンディは、そこで出会った不良少年テリィと恋に落ちる。演劇の道に進んだテリィとの恋はやがて終わりを告げ、看護婦として生きていくことを決意。なつかしいふるさとに帰ると、「丘の上の王子様」と劇的な再会を果たす。
「キャンディ・キャンディ」では一目惚れするのは王子様の方ではなく、お姫様的立場の主人公、キャンディの方である。彼女は孤児で、つらい境遇に置かれているが、「丘の上の王子様」の一言を励みに明るく生きている。そんな彼女が出会ったのがアンソニー。幼い頃に出会った「丘の上の王子様」とそっくりだというので、一目惚れしてしまう。どちらかというと、お姫様的立場のキャンディの方が能動的に王子様探しをしていくのだ。アンソニーが落馬事故で死んでしまうと、そこからキャンディの自立への歩みが始まる。しかし「王子様探し」を諦めたわけではない。イギリス留学で出会ったテリィとの恋で彼女は、アンソニーとの間にはなかった、対等な一対一の人間としての心の交流を経験することになる。その結果彼女は傷つきながらも大人の女性へと成長していく。
最後に姿を現す「丘の上の王子様」は実に意外な人物であった。幼い頃から身近でキャンディを見守っていたアルバートおじさんだったのだ。2人がその後どのような関係になったは物語で描かれることはないが、2人が結ばれるのは自然な成り行きであろう。
ここで注目したいのは「丘の上の王子様」とキャンディとの関係である。幼少の頃に出会った「丘の上の王子様」はキャンディにとって初恋の相手なのだろうが、もちろんそれは思春期に経験する恋とは違う。孤児のキャンディにとって、むしろ「丘の上の王子様」は父親であった。女の子が最初に恋をする相手は父親である。女の子が最初に出会う男性が父親だ。そして父親は、女の子を最初に女性として扱うという役目を持っている。励まし、可愛らしさを誉め、必要な助けをすること。「丘の上の王子様」はキャンディを女の子として励まし、その言葉がキャンディの支えとなった。そしてアルバートおじさんとしては、正体を隠したまま彼女をしばしば援助してきた。
そんな「丘の上の王子様」とキャンディが、大人になって再会を果たすのは実に象徴的なラストである。「丘の上の王子様」=アルバートおじさんは、かつてはキャンディにとって父親的な役割を果たす存在であったが、キャンディが大人になったとき、本物の「王子様」となって再度キャンディの前に姿を現すのだ。
「白馬の王子様」というと、対照的に女性はただ待っているだけの受け身な存在と取られがちであるが、そうではない。「キャンディ・キャンディ」は王子様を待つ女性の側にもするべきことがあることを教えてくれる。正統な流れをくむ王子様ストーリーといえよう。
「キャンディ・キャンディ」と同年に連載がスタートし、今も続く長寿マンガが「ガラスの仮面」である。この2つは非常によく似た構図を持っている。しかしキャンディが王子様と結ばれることを予感させるラストを迎えたのに対して、「ガラスの仮面」は暗雲ただよう雰囲気を醸し出している。あまりにも長く連載が続いたため、時代の影響をもろに受けているのだ。
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